ヤン・ヨーステン | アダムズとともにリーフデ号で来日。家康の朱印船貿易の顧問となり、江戸の八重洲の地名の由来となる

やん よーすてん

地域関東・東海
所属勢力・属性徳川家臣
大名家徳川
家紋徳川葵
主武器航海儀・書状
衣装・甲冑西洋衣裳
武将タイプ異国・商人

アダムズとともにリーフデ号で来日。家康の朱印船貿易の顧問となり、江戸の「八重洲」の地名の由来となる。

目次

家康に仕えた紅毛人・ヤン・ヨーステン

ヤン・ヨーステンは、徳川家康に仕えたオランダ人です。三浦按針(ウィリアム・アダムズ)とともにオランダ船リーフデ号で日本に漂着し、家康の外交・貿易の顧問となった、異色の人物でした。

リーフデ号の漂着

慶長5年(1600年)、オランダ船リーフデ号が豊後(現在の大分県)に漂着しました。乗組員であったヤン・ヨーステンとウィリアム・アダムズは、徳川家康の前に召し出され、その知識を認められて重用されることになります。

家康の貿易顧問

ヤン・ヨーステンは、家康の朱印船貿易の顧問として活躍しました。当時、西洋の航海術や世界情勢の知識は貴重であり、家康は彼らを通じてオランダとの貿易の道を開いていきます。ヨーステンは、東南アジアとの交易にも関わりました。

八重洲の地名の由来

ヤン・ヨーステンは、江戸城の近くに屋敷を与えられて住みました。その名「ヤン・ヨーステン」がなまって「八代洲(やよす)」となり、現在の東京駅前の「八重洲(やえす)」という地名の由来になったと伝えられます。ヤン・ヨーステンの生涯は、異国から流れ着き、徳川家康の外交と貿易を支えた紅毛人の、数奇な足跡を——八重洲という地名とともに——今に伝えています。

徳川家

主家

家臣団

井伊直孝 イラスト内藤家長 イラスト大久保忠世 イラスト大久保忠教 イラスト大久保忠隣 イラスト大久保長安 イラスト服部半蔵服部半蔵正就 イラスト本多忠政 イラスト板倉勝重 イラスト板倉重昌 イラスト榊原康勝 イラスト渡辺守綱石川数正 イラスト酒井家次 イラスト阿部正次 イラスト鳥居忠政 イラスト
  • URLをコピーしました!

ほかの武将も見る

目次