徳川家– tax –

三河の国衆・松平氏から出た家。家康の祖父清康は三河をほぼ手中にしながら守山崩れで横死し、父広忠の代には今川氏の庇護を受ける立場に落ちた。家康自身も少年期を織田・今川の人質として過ごしている。
1560年の桶狭間の戦いをきっかけに岡崎城で自立し、織田信長と同盟(清洲同盟)を結んで三河を統一、1566年に徳川へ改姓した。三方ヶ原の戦いでは武田信玄に大敗したが、長篠の戦いで雪辱を果たし、本能寺の変の後には甲斐・信濃を手に入れて五か国の大名となる。小牧・長久手の戦いで豊臣秀吉と互角に渡り合ったのち臣従し、1590年に関東へ移った。
秀吉の死後、関ヶ原の戦いに勝って1603年に江戸幕府を開き、大坂の陣で豊臣家を滅ぼして260年余り続く体制を築いた。家臣団の核は酒井・本多・榊原・井伊の「徳川四天王」に代表される三河以来の譜代で、そこに旧武田家臣や今川旧臣が加わって厚みを増していった。

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