いい なおたか
| 地域 | 東海・近畿 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 徳川家臣 |
| 大名家 | 徳川 |
| 家紋 | 丸に橘 |
| 主武器 | 大槍・朱塗兜 |
| 衣装・甲冑 | 赤備え具足 |
| 武将タイプ | 「赤牛」・苛烈 |
井伊直政の次男。「井伊の赤備え」を継承し、大坂夏の陣で木村重成や後藤又兵衛ら豊臣軍の精鋭を粉砕した鬼将。「赤牛」・苛烈と評され、周囲からの信頼も厚かったと伝わる。
目次
井伊の赤備えを継ぐ・井伊直孝
井伊直孝(いい なおたか)は、徳川四天王の一人・井伊直政の次男です。父から「井伊の赤備え」を受け継ぎ、大坂の陣で豊臣方の精鋭を打ち破った、徳川譜代随一の猛将・重臣です。
井伊の赤備え
井伊家の軍勢は、甲冑や旗指物を朱色で統一した「井伊の赤備え」で知られ、徳川軍最強の部隊として恐れられていました。井伊直孝は、この精強な赤備えを率いる立場を継承します。
大坂夏の陣
慶長20年(1615年)の大坂夏の陣において、井伊直孝は赤備えを率いて奮戦しました。豊臣方には、木村重成や後藤又兵衛といった名だたる勇将がおり、決死の抵抗を見せます。
豊臣方の精鋭を破る
井伊直孝は、この激戦において、木村重成や後藤又兵衛ら豊臣方の精鋭部隊と死闘を演じ、これを打ち破る武功を挙げました。この働きによって、井伊直孝は幕府の重鎮として重きをなし、のちに大老格として幕政を支えます。井伊直孝の生涯は、父・直政の赤備えを継ぎ、大坂の陣で豊臣の精鋭を破った、その武勇を今に伝えています。













































































