諏訪御料人 | 諏訪頼重の娘で武田信玄の側室。武田勝頼の母となったが、若くして亡くなった

諏訪御料人のイラスト(イメージ)

すわごりょうにん

地域甲信越(信濃・諏訪)
所属勢力・属性武田氏(信玄の側室)
大名家諏訪家
家紋梶の葉(諏訪家)
主武器―
衣装・甲冑小袖・打掛
武将タイプ悲運の姫

諏訪御料人(すわごりょうにん)は、諏訪の領主・諏訪頼重の娘で、武田信玄の側室となった女性である。本当の名は伝わっていない。父を信玄に滅ぼされたのちに信玄の側室となり、天文15年(1546年)に武田勝頼を産んだ。弘治元年(1555年)、若くして亡くなった。

3行でわかる諏訪御料人
  • 父・諏訪頼重は信玄に攻められて自害させられた
  • 父の仇である信玄の側室となり、武田勝頼を産んだ
  • 若くして亡くなり、小説では「由布姫」「湖衣姫」の名で描かれた
目次

父を失った姫

御料人の父・諏訪頼重は、天文11年(1542年)に武田信玄に攻められ、甲府で自害させられた。諏訪の人々の心をつかむため、信玄は頼重の娘を側室にしようとしたと伝わる。家臣のなかには反対の声もあったが、山本勘助が賛成したという話が『甲陽軍鑑』に記されている。

勝頼の母

御料人は天文15年(1546年)に信玄の四男・四郎を産んだ。四郎はのちに諏訪家の名跡を継いで「諏訪四郎勝頼」と名のり、やがて武田家の当主・武田勝頼となる。

御料人は弘治元年(1555年)に、まだ若くして亡くなった。息子が武田家を継ぐ姿を見ることはなかった。

物語のなかの御料人

本名が伝わらないため、小説などではさまざまな名で描かれてきた。井上靖の『風林火山』では「由布姫」、新田次郎の『武田信玄』では「湖衣姫」とされている。信玄と父の仇との間で生きた、悲劇の姫として人気がある。

諏訪御料人をめぐる人物

  • 父:諏訪頼重
  • 夫:武田信玄
  • 子:武田勝頼
  • 物語での名:由布姫(『風林火山』)/湖衣姫(『武田信玄』)

ゆかりの地

  • 建福寺(長野県伊那市高遠町):諏訪御料人の墓所と伝わる寺
  • 諏訪大社(長野県諏訪市ほか):諏訪家がつかえた神社
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