わたなべ もりつな
| 地域 | 東海 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 徳川家臣 |
| 大名家 | 徳川 |
| 家紋 | 丸に渡辺星 |
| 主武器 | 槍の極致 |
| 衣装・甲冑 | 武骨具足 |
| 武将タイプ | 「槍の半蔵」・豪傑 |
「槍の半蔵」と称された徳川家の猛者。三河一向一揆では家康に敵対するも復帰、後に尾張徳川家の家老。
目次
槍の半蔵・渡辺守綱
渡辺守綱(わたなべ もりつな)は、徳川家康に仕えた猛将で、その槍働きの見事さから「槍の半蔵」と称されました。徳川十六神将にも数えられる、家康子飼いの武勇の士です。
三河一向一揆
若き日の渡辺守綱は、永禄6年(1563年)に起こった三河一向一揆において、信仰を選んで一時は主君・家康に敵対しました。この一揆は、家康にとって家臣団が二分される最大の試練でしたが、守綱はのちに帰参を許され、以後は家康に忠実に仕えます。
数々の合戦での槍働き
帰参した渡辺守綱は、姉川・三方ヶ原・長篠・小牧長久手など、徳川家の主要な合戦のほとんどに従軍し、その槍の武勇を存分に発揮しました。「槍の半蔵」の名は、こうした数々の戦場での働きによって轟いたのです。
尾張徳川家の家老へ
晩年の渡辺守綱は、家康の九男・義直が尾張を与えられた際にその家老として付けられ、御三家筆頭・尾張徳川家を支える重臣となりました。守綱の生涯は、一度は主君に背きながら、のちに「槍の半蔵」として徳川の天下取りを支え抜いた、武将の劇的な歩みを今に伝えています。
















































































