おつやのかた
| 地域 | 東海(美濃・岩村) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 織田氏(信長の叔母)、岩村城主 |
| 大名家 | 織田家・遠山家 |
| 家紋 | 不詳 |
| 主武器 | 薙刀(伝承) |
| 衣装・甲冑 | 小袖・打掛 |
| 武将タイプ | 女城主 |
おつやの方は、織田信長の叔母(父・織田信秀の妹)で、美濃の岩村城主・遠山景任の妻である。生まれた年はわかっておらず、天正3年(1575年)に処刑された。夫の死後、岩村城を治める女城主となったが、武田方の秋山虎繁に攻められて降伏し、虎繁の妻となった。「おつや」という名は後世の書物によるものである。
3行でわかるおつやの方
- 織田信長の叔母で、岩村城主・遠山景任に嫁いだ
- 夫の死後、信長の五男を養子として迎え、女城主として城を治めた
- 武田方の秋山虎繁と結婚したため、岩村城の落城後に信長に処刑された
目次
岩村城の女城主
おつやの方は織田信定の娘とされ、信長の叔母にあたる。東美濃の岩村城(岐阜県恵那市)の城主・遠山景任に嫁いだ。
元亀3年(1572年)に景任が子のないまま亡くなると、信長は五男の御坊丸(のちの織田勝長)を遠山家の養子として送りこんだ。幼い御坊丸に代わって、おつやの方が城を治めた。このため「女城主」と呼ばれる。
秋山虎繁との結婚
同じ年、武田家の秋山虎繁が岩村城を攻めた。おつやの方は城兵の命と引き換えに降伏し、虎繁の妻となった。御坊丸は甲斐に送られた。叔母が敵の妻となったことに、信長は激しく怒ったといわれる。
最期
天正3年(1575年)、長篠の戦いで武田家が敗れると、信長の嫡男・織田信忠が岩村城を囲んだ。城は降伏し、虎繁とおつやの方は岐阜に送られて、長良川の河原で処刑された。
おつやの方をめぐる人物
- 兄:織田信秀
- 甥:織田信長
- 夫:遠山景任 → 秋山虎繁
- 養子:御坊丸(織田勝長、信長の五男)
ゆかりの地
- 岩村城跡(岐阜県恵那市岩村町):おつやの方が治めた城。日本三大山城のひとつ
- 岩村の城下町(岐阜県恵那市):「女城主の里」として知られる町並み


織田信長
秋山虎繁
織田信忠
織田信秀







































