はっとり はんぞう
| 地域 | 東海・関東 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 徳川家臣 |
| 大名家 | 徳川 |
| 家紋 | 丸に矢筈 |
| 主武器 | 槍・忍び具 |
| 衣装・甲冑 | 黒塗具足 |
| 武将タイプ | 「服部半蔵」・忠義 |
徳川十六神将の一人。「伊賀越え」にて家康の安全を確保。伊賀同心衆を率いた名将。
目次
徳川十六神将・服部半蔵
服部半蔵(はっとり はんぞう)は、徳川家康に仕えた武将で、徳川十六神将の一人に数えられる名将です。伊賀者を束ねた一族の出身で、その名は「忍びの棟梁」として後世に広く知られることになりました。
伊賀者を率いて
服部半蔵は、伊賀の忍びの流れをくむ一族を率い、徳川家の諜報や特殊な任務を担いました。ただし半蔵自身は、忍術使いというより、槍を得意とする武将として活躍したと伝えられます。
神君伊賀越え
服部半蔵の名を高めたのが、天正10年(1582年)の「神君伊賀越え」です。本能寺の変で信長が斃れた際、堺にいた徳川家康は、わずかな供とともに敵地を突破して三河へ帰らねばなりませんでした。この危機に際し、服部半蔵は伊賀・甲賀の者たちを動かして家康の一行を導き、その安全を確保したと伝えられます。
伊賀同心衆の統率
この功により、服部半蔵は伊賀同心衆を率いる立場となり、江戸城の警護などにあたりました。江戸城の「半蔵門」は、その名にちなむと伝えられます。服部半蔵の生涯は、伊賀越えで家康を救い、伊賀同心を束ねた名将として、その名とともに今に伝えられています。















































































