ありま はるのぶ
| 地域 | 九州 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 有馬氏 |
| 大名家 | 有馬氏 |
| 家紋 | 丸に三ツ割り丸た |
| 主武器 | 太刀・十字架 |
| 衣装・甲冑 | 南蛮風具足 |
| 武将タイプ | キリシタン・情熱 |
肥前有馬氏の当主。キリシタン大名として大航海時代の南蛮貿易を推進。沖田縄の戦いでは島津と結ぶ。
目次
肥前のキリシタン大名・有馬晴信
有馬晴信(ありま はるのぶ)は、肥前国(現在の長崎県)の大名・有馬氏の当主です。キリシタン大名として大航海時代の南蛮貿易を推進し、沖田畷の戦いでは島津氏と結んで龍造寺の大軍を破りました。
キリシタン大名
有馬晴信は、キリスト教の洗礼を受けたキリシタン大名でした。領内での布教を許し、宣教師を保護します。天正遣欧少年使節の派遣にも関わるなど、キリスト教文化と深く関わった大名でした。
南蛮貿易の推進
有馬晴信は、領内の港に南蛮船を招き、南蛮貿易を積極的に推進しました。海の向こうとの交易は、鉄砲や火薬、珍しい品々をもたらし、有馬氏に大きな富と力を与えました。
沖田畷の戦い
天正12年(1584年)、肥前の大勢力・龍造寺隆信が有馬領へと大軍で攻め寄せると、有馬晴信は薩摩の島津氏に援軍を求め、これと結びました。沖田畷(おきたなわて)の戦いで、島津・有馬の連合軍は、島津得意の伏兵戦術によって龍造寺の大軍を破り、隆信を討ち取ります。有馬晴信の生涯は、キリシタン大名として南蛮貿易を推し進め、沖田畷に大勝した、その姿を今に伝えています。




















