いのうえ もとかね
| 地域 | 中国 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 毛利家臣 |
| 大名家 | 毛利 |
| 家紋 | 丸に三ツ星 |
| 主武器 | 太刀・財政文書 |
| 衣装・甲冑 | 重臣具足 |
| 武将タイプ | 専横・粛清 |
安芸井上党の棟梁。毛利家中において傲慢な態度と権力を振りかざしたため、毛利元就によって井一族30余名とともに一斉粛清された。
目次
安芸井上党の棟梁・井上元兼
井上元兼(いのうえ もとかね)は、安芸国(現在の広島県西部)の国人・井上党を束ねる棟梁でした。毛利家中で大きな力を持ちましたが、その傲慢な振る舞いから、毛利元就によって一族もろとも粛清されました。
井上党の力
井上氏は、毛利氏に古くから仕える有力な家臣団「井上党」を形成し、家中で無視できない勢力を持っていました。井上元兼は、その棟梁として大きな影響力を振るいます。
傲慢な振る舞い
しかし井上党は、その勢力を背景に、主家をも軽んじる傲慢な態度をとるようになったと伝えられます。当主・毛利元就の権威をも脅かしかねない、家中の不安定要因となっていたのです。
元就による粛清
天文19年(1550年)、毛利元就は、家中の統制を確立するため、ついに井上元兼をはじめ井上一族の三十余名を一斉に粛清しました。この非情な決断によって、元就は家臣団の引き締めを図り、毛利家の集権化を進めます。井上元兼の生涯は、大きな力を持ちながら傲慢によって身を滅ぼし、元就の集権化の犠牲となった、その顛末を今に伝えています。





























































