にいろ ただもと
| 地域 | 九州 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 島津家臣 |
| 大名家 | 島津 |
| 家紋 | 丸に十の字 |
| 主武器 | 大太刀 |
| 衣装・甲冑 | 漆黒具足 |
| 武将タイプ | 鬼神・老練 |
「鬼武蔵」と恐れられた島津家最高の豪傑。80歳を過ぎても前線で大太刀を振り回し敵をなぎ倒した。
目次
島津の宿老・新納忠元
新納忠元(にいろ ただもと)は、薩摩の大名・島津氏に仕えた宿老で、武勇と忠義で名高い名将です。島津氏が薩摩・大隅・日向の三州を統一し、九州制覇へと突き進んだ時代、忠元はその最前線で幾多の合戦を戦い抜きました。
九州各地の合戦で
忠元は、島津四兄弟(義久・義弘・歳久・家久)を支える老練な将として、大口城の守りをはじめ、日向・肥後方面の攻防で活躍しました。剛勇でありながら和歌や芸能にも通じた文武兼備の武将として、家中の信望も厚かったと伝えられます。
豊臣の九州平定と抵抗
天正15年(1587年)の豊臣秀吉による九州平定に際して、島津氏は降伏を余儀なくされます。忠元は最後まで抵抗の姿勢を崩さなかったとも伝えられ、その一徹な忠義ぶりは、島津武士の気概を象徴する逸話として語り継がれています。
島津の武名を支えて
島津氏は九州平定ののちも本領を保ち、のちに薩摩藩として近世を生き抜きました。新納忠元の忠勇は、「島津に暗君なし」とうたわれた島津家中の結束と武名を支えた、その代表的な一例として記憶されています。


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