春日局 | 明智光秀の重臣・斎藤利三の娘。三代将軍家光の乳母となり、大奥の基礎をつくった

春日局のイラスト(イメージ)

かすがのつぼね

地域関東(江戸)
所属勢力・属性徳川氏(家光の乳母・大奥)
大名家斎藤家(稲葉家)
家紋不詳
主武器―
衣装・甲冑小袖・打掛
武将タイプ大奥の総取締

春日局(かすがのつぼね)は、江戸幕府三代将軍・徳川家光の乳母で、大奥の仕組みをつくった女性である。本名は福(ふく)。天正7年(1579年)に生まれ、寛永20年(1643年)に65歳で亡くなった。父は明智光秀の重臣・斎藤利三である。

3行でわかる春日局
  • 本能寺の変を起こした明智光秀の重臣・斎藤利三の娘
  • 竹千代(家光)の乳母となり、家光を将軍の跡継ぎにするために動いたと伝わる
  • 大奥の決まりを整え、朝廷から「春日局」の名を与えられた
目次

謀反人の重臣の娘

福の父・斎藤利三は、明智光秀の重臣として本能寺の変で活躍したが、山崎の戦いのあと捕らえられて処刑された。福は親類のもとで育ち、のちに小早川秀秋の家臣・稲葉正成の妻となった。

竹千代の乳母

慶長9年(1604年)、福は二代将軍・徳川秀忠の嫡男・竹千代(のちの家光)の乳母に選ばれた。

秀忠と妻のお江は、竹千代よりも弟の国松(のちの忠長)をかわいがったため、跡継ぎは国松になるのではといううわさが立った。福は駿府の徳川家康に直接うったえ、家康が竹千代を跡継ぎと定めたという話が伝わっている。

大奥と「春日局」

元和9年(1623年)に家光が三代将軍になると、福は江戸城の大奥を取りしきり、その決まりを整えた。寛永6年(1629年)には将軍の名代として京にのぼり、朝廷から「春日局」の名と位を与えられた。

寛永20年(1643年)に亡くなり、湯島の麟祥院に葬られた。

春日局をめぐる人物

  • 父:斎藤利三
  • 夫:稲葉正成
  • 育てた将軍:徳川家光
  • 子:稲葉正勝

ゆかりの地

  • 麟祥院(東京都文京区):春日局の墓所
  • 江戸城跡(皇居)(東京都千代田区):大奥を取りしきった城
  • 興禅寺(兵庫県丹波市春日町):父・斎藤利三が城代をつとめた黒井城のふもとにあり、福の生まれた地と伝わる寺
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