森長可 | 森可成の長男。鬼武蔵と恐れられた戦国屈指の狂気の猛将。小牧・長久手の戦いにて鉄砲弾を眉間に受け討死

もり ながよし

地域東海
所属勢力・属性織田・豊臣系
大名家織田
家紋丸に水車
主武器人間無骨(大槍)
衣装・甲冑百つかみ兜・黒具足
武将タイプ「鬼武蔵」・苛烈

森可成の長男。「鬼武蔵」と恐れられた戦国屈指の狂気の猛将。小牧・長久手の戦いにて鉄砲弾を眉間に受け討死。

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鬼武蔵・森長可

森長可(もり ながよし)は、織田信長の重臣・森可成の次男で、あの森蘭丸の兄にあたります。「鬼武蔵(おにむさし)」と恐れられた戦国屈指の猛将で、その凄まじい武勇と苛烈な気性で知られました。

森家を継いで

兄の戦死により若くして森家を継いだ森長可は、織田信長のもとで各地を転戦し、武功を重ねました。その戦いぶりはあまりに苛烈で、味方すら恐れるほどの猛将ぶりから「鬼武蔵」の異名で呼ばれます。

本能寺の変ののち

天正10年(1582年)の本能寺の変で、主君・信長と弟・蘭丸を失った森長可は、信濃から本国の美濃へと決死の撤退を果たしました。以後は羽柴秀吉に接近し、その勢力下で活躍します。

小牧・長久手に散る

天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いにおいて、森長可は舅の池田恒興らとともに、徳川家康の本国を突く中入作戦に加わりました。しかし作戦は失敗し、長久手の戦いで森長可は眉間に銃弾を受けて壮絶な討ち死にを遂げます。森長可の生涯は、「鬼武蔵」と恐れられた戦国屈指の猛将として、また長久手に散ったその最期とともに、今に伝えられています。

織田家

主家

織田信雄

家臣団

長谷川宗仁
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