だて たねむね
| 地域 | 東北 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 伊達氏第14代 |
| 大名家 | 伊達氏 |
| 家紋 | 竹に雀 |
| 主武器 | 太刀・法令集 |
| 衣装・甲冑 | 格式高い大将具足 |
| 武将タイプ | 革新・政略 |
伊達氏第14代。婚姻外交で南奥羽へ勢力を広げ、分国法「塵芥集」を制定したが、嫡子晴宗との対立から天文の乱を招いた。
目次
伊達中興の当主・伊達稙宗
伊達稙宗(だて たねむね)は、陸奥の大名・伊達氏の第十四代当主です。婚姻外交によって南奥羽へ勢力を広げ、分国法「塵芥集」を制定しましたが、嫡子・晴宗との対立から大乱「天文の乱」を招きました。
婚姻外交の名手
伊達稙宗は、自らの多くの子女を周辺の大名家に次々と嫁がせ、あるいは養子に送り込む婚姻外交によって、南奥羽一帯に伊達の影響力を広げました。血縁の網を張り巡らせて勢力を伸ばす、巧みな政略でした。
分国法「塵芥集」
伊達稙宗は、領国を治めるための独自の法律「塵芥集(じんかいしゅう)」を制定しました。百七十条を超えるこの大部の分国法は、戦国大名の法として名高く、稙宗の統治への意欲を物語っています。
天文の乱
しかし、稙宗の勢力拡大策は家中に軋轢を生み、ついに嫡子・晴宗との間で家督をめぐる大乱「天文の乱」が勃発しました。奥州の諸大名を巻き込むこの争乱は六年に及び、最終的に稙宗は敗れて隠居します。伊達稙宗の生涯は、婚姻外交と分国法で伊達を大きくしながら、天文の乱を招いた、その光と影を今に伝えています。









































