稲葉貞通 | 稲葉一鉄の子。美濃の郡上八幡城主から、豊後の臼杵藩主となった

稲葉貞通のイラスト(イメージ)

いなば さだみち

地域東海(美濃・郡上)、九州(豊後・臼杵)
所属勢力・属性稲葉氏(織田・豊臣・徳川)
大名家稲葉家
家紋折敷に三文字
主武器槍
衣装・甲冑具足
武将タイプ家を伸ばした二代目

稲葉貞通(いなば さだみち)は、美濃三人衆の一人・稲葉一鉄(良通)の子である。天文15年(1546年)に生まれ、慶長8年(1603年)に亡くなった。父とともに織田信長に仕え、のちに豊臣秀吉のもとで美濃の郡上八幡城主となった。関ヶ原の戦いでは東軍につき、戦後に豊後の臼杵(大分県臼杵市)へ移された。稲葉家は臼杵藩主として江戸時代を通じて続いた。

3行でわかる稲葉貞通
  • 稲葉一鉄の子で、父とともに信長に仕えた
  • 豊臣秀吉のもとで郡上八幡城主となった
  • 関ヶ原ののち豊後臼杵に移り、臼杵藩の祖となった
目次

父・一鉄とともに

稲葉一鉄は、美濃の斎藤家の重臣で、安藤守就・氏家卜全とともに美濃三人衆と呼ばれた。貞通は父とともに信長に仕え、姉川の戦いなどに加わった。

郡上八幡城主

本能寺の変のあと、貞通は豊臣秀吉に仕えた。天正16年(1588年)ごろ、美濃の郡上八幡城主となり、4万石ほどを治めた。

臼杵への移り

関ヶ原の戦いで、貞通ははじめ西軍に加わったが、のちに東軍に移った。戦後、豊後の臼杵5万石に移された。稲葉家は臼杵藩主として、幕末まで続いた。

稲葉貞通をめぐる人物

  • 父:稲葉一鉄(良通)
  • 主君:織田信長/豊臣秀吉
  • のちの主君:徳川家康

ゆかりの地

  • 郡上八幡城(岐阜県郡上市):城主をつとめた城
  • 臼杵城跡(大分県臼杵市):稲葉家が移った城
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