有馬家– tax –
肥前の島原半島を本拠とした家。有馬義貞・晴信はキリシタン大名として知られ、晴信は天正遣欧少年使節を送り出した大名の一人でもある。
1584年、晴信は島津氏と組んで沖田畷の戦いで龍造寺隆信を討った。のちに豊臣秀吉・徳川家康に従ったが、1612年の岡本大八事件に連座して処刑された。子の直純は日向延岡へ移されている。
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九州
有馬義貞 | 肥前日野江城主、口之津を開いたキリシタン大名
ありま よしさだ 地域九州 所属勢力・属性肥前有馬家当主・キリシタン 大名家有馬家 家紋― 主武器刀 衣装・甲冑南蛮風の小物を添えた具足 武将タイプ外交・貿易型 有馬義貞は、戦国時代に肥前の島原半島を治めた大名である。南蛮貿易に力を入れて口之津の... -
九州
有馬晴信 | 肥前日野江城主のキリシタン大名
ありま はるのぶ 地域九州 所属勢力・属性有馬家(キリシタン大名) 大名家有馬家 家紋― 主武器鉄砲 衣装・甲冑当世具足 武将タイプキリシタン大名・南蛮貿易 有馬晴信は、肥前国高来郡(今の長崎県島原半島)を治めたキリシタン大名である。沖田畷の戦い... -
九州
有馬直純 | 有馬晴信の子、日向延岡藩の初代藩主
ありま なおずみ 地域九州(肥前→日向) 所属勢力・属性有馬家・徳川家(江戸幕府) 大名家有馬家 家紋― 主武器― 衣装・甲冑― 武将タイプ大名・藩主 有馬直純は、肥前のキリシタン大名・有馬晴信の子である。徳川家康の養女を妻に迎え、父が岡本大八事件で...
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