伊達輝宗 | 伊達氏第16代で政宗の父。周辺諸氏との外交と家中統制に努め、政宗へ家督を譲った後、二本松畠山氏との講和過程で命を落とした

だて てるむね

地域東北
所属勢力・属性伊達氏第16代
大名家伊達氏
家紋竹に雀
主武器太刀・書状
衣装・甲冑黒漆大将具足
武将タイプ温厚・外交

伊達氏第16代で政宗の父。周辺諸氏との外交と家中統制に努め、政宗へ家督を譲った後、二本松畠山氏との講和過程で命を落とした。

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政宗の父・伊達輝宗

伊達輝宗(だて てるむね)は、陸奥の大名・伊達氏の第十六代当主で、「独眼竜」伊達政宗の父です。周辺諸氏との外交と家中の統制に努め、政宗へ家督を譲ったのち、二本松畠山氏との講和の過程で非業の死を遂げました。

家中の統制

伊達輝宗は、父・晴宗の代の争乱を引き継ぎ、乱れがちな家中の統制に力を注ぎました。有能な家臣を登用し、伊達氏の支配体制を立て直します。周辺の大名との外交も巧みにこなし、伊達氏の勢力を保ちました。

政宗への家督相続

伊達輝宗は、非凡な才を見せる嫡子・政宗の器量を見抜き、早くに家督を譲りました。若き政宗が飛躍する土台を、父・輝宗が整えたのです。

二本松畠山氏と非業の死

天正13年(1585年)、伊達輝宗は、降伏してきた二本松城主・畠山義継との会見の場で、突如として義継に拉致されてしまいます。連れ去られる輝宗を救うため、政宗はやむなく畠山勢もろとも銃撃を命じ、輝宗は義継とともに落命したと伝えられます。伊達輝宗の生涯は、家中を統制して政宗の飛躍を用意しながら、非業の死を遂げた、その父の姿を今に伝えています。

伊達家

主家

家臣団

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