まかべ ふさもと
| 地域 | 関東 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 佐竹・真壁系 |
| 大名家 | 佐竹 |
| 家紋 | ― |
| 主武器 | 太刀・大木刀 |
| 衣装・甲冑 | 黒塗具足 |
| 武将タイプ | 剛毅・武骨 |
真壁氏幹の甥で養子。家督を継ぎ、佐竹氏の秋田移封に従って角館に入ったとされる。
目次
名前の表記について
「真壁房干」という人物は資料で確認できない。真壁氏には真壁房幹(ふさもと)という当主がおり、ページのふりがなや内容から、房幹の誤記と考えられる。以下は真壁房幹について記す。
真壁氏と房幹
真壁氏は常陸国真壁(現在の茨城県桜川市)を本拠とした一族で、約430年、19代にわたってこの地を治めたと桜川市は紹介している。戦国時代には佐竹氏の同盟者として従い、真壁久幹は「夜叉真壁」と呼ばれた。
房幹は永禄12年(1569)生まれとされる。実父は真壁義幹で、子のなかった伯父の真壁氏幹の養子となり、のちに家督を継いだとされる。文禄の役では養父に代わって出陣したと伝わる。
佐竹氏の秋田移封と角館
慶長7年(1602)、佐竹氏は常陸から出羽秋田へ移された。真壁氏もこれに従い真壁の地を離れ、家臣の多くは現地に残った。
房幹は角館城の城将となったとされる。秋田では真壁氏が佐竹家の重臣として続き、『秋田人名大事典』に房幹の小伝が載る。慶長17年(1612)に没し、実弟の重幹が跡を継いだとされる。
ゆかりの地
- 真壁城跡(茨城県桜川市):真壁氏の本拠。国指定史跡
- 楽法寺(雨引観音)(茨城県桜川市):房幹が寄進したと伝わる黒門が残る




























