いこま きつの
| 地域 | 東海(尾張) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 生駒氏→織田氏(信長の側室) |
| 大名家 | 生駒氏 |
| 家紋 | 不詳 |
| 主武器 | ― |
| 衣装・甲冑 | 小袖・打掛 |
| 武将タイプ | 大名の側室 |
生駒吉乃(いこま きつの)は、尾張の生駒家の娘で、織田信長の側室である。信長の嫡男・織田信忠、次男・織田信雄、長女・徳姫の母とされる。信長がもっとも大切にした女性の一人と考えられているが、「吉乃」という名や信長との出会いの話は信頼性に疑問のある書物によるもので、くわしいことは確かではない。
3行でわかる生駒吉乃
- 尾張・小折(今の江南市)の生駒家の娘とされる。生駒家は商いで栄えた土豪だった
- 信長の側室となり、信忠・信雄・徳姫を産んだとされる(信忠の母については異説もある)
- 永禄9年(1566年)ごろに亡くなったとされる
目次
生駒家と信長
生駒家は尾張北部の小折に屋敷を持ち、油や灰を扱う商いで栄えた土豪だったとされる。信長は若いころからこの家に出入りし、そこで吉乃と出会ったと伝わる。生駒家の屋敷には、蜂須賀正勝や前野長康らも出入りしていたという話もあり、のちの秀吉とのつながりが語られることもある。
ただし、こうした話や「吉乃」という名は、主に『武功夜話』による。この書物は信頼性に疑問が出されているため、どこまで事実かははっきりしない。
信長の子どもたちの母
吉乃は信忠・信雄・徳姫の母とされる。徳姫はのちに徳川家康の長男・信康に嫁いだ。信長が小牧山城に移ったころ、吉乃を迎えたという話もあるが、永禄9年(1566年)ごろに亡くなったとされる。信長の正室・濃姫や、ほかの側室とのくらべは「信長と秀吉の妻・側室を比較」で紹介している。
生駒吉乃をめぐる人物
- 夫:織田信長
- 子とされる人物:織田信忠/織田信雄/徳姫
- 生駒家の一族:生駒親正(讃岐の大名)とは別の家とされる
- 正室:濃姫
ゆかりの地
- 久昌寺(愛知県江南市):吉乃の墓所とされる寺
- 生駒屋敷跡(愛知県江南市):生駒家の屋敷があった地










































