お鍋の方 | 近江の武家の妻から信長の側室へ。信長の死後も生き、豊臣家とかかわった女性

お鍋の方のイラスト(イメージ)

おなべのかた

地域近畿(近江)
所属勢力・属性小倉氏→織田氏(信長の側室)
大名家―
家紋不詳
主武器―
衣装・甲冑小袖・打掛
武将タイプ大名の側室

お鍋の方(おなべのかた)は、織田信長の側室の一人である。近江の小倉家に嫁いでいたが、夫が亡くなったあと信長の側室となり、織田信高・信吉らを産んだとされる。信長の死後は豊臣秀吉の保護を受け、慶長17年(1612年)に亡くなったと伝わる。

3行でわかるお鍋の方
  • 近江の武士・小倉氏の妻だったが、夫の死後に信長の側室となった
  • 信長とのあいだに信高・信吉らを産んだとされる
  • 信長の死後も生き、秀吉の保護を受けた
目次

近江から信長のもとへ

お鍋の方は近江の出身で、はじめは近江の武士・小倉氏に嫁いでいたとされる。夫が亡くなったあと信長の側室となった。信長の近江攻めのなかで、地元の武家とのつながりを深める意味もあったと考えられる。

信長の死後

本能寺の変のあと、お鍋の方は秀吉の保護を受けて暮らしたとされる。信長の子どもたちは、のちに豊臣家や徳川家に仕えた。信長のほかの妻たちとのくらべは「信長と秀吉の妻・側室を比較」で紹介している。

お鍋の方をめぐる人物

  • 夫:織田信長
  • 子とされる人物:織田信高/織田信吉
  • 保護した人物:豊臣秀吉

ゆかりの地

  • 安土城跡(滋賀県近江八幡市):信長が晩年を過ごした城の跡
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