村井長頼 | 前田利家が浪人だったころから仕えた忠臣。まつの江戸行きにも付き従った

村井長頼のイラスト(イメージ)

むらい ながより

地域北陸(加賀)
所属勢力・属性前田氏(重臣)
大名家村井家
家紋不詳
主武器槍
衣装・甲冑具足・陣羽織
武将タイプ忠義の古参

村井長頼(むらい ながより)は、前田利家に仕えた重臣である。天文12年(1543年)に生まれ、慶長10年(1605年)に63歳で亡くなった。利家が織田信長の怒りを買って浪人していた苦しい時期から利家に付き従った古参の家臣で、利家の死後は、人質として江戸へ下る利家の妻・まつに付き従った。

3行でわかる村井長頼
  • 利家が浪人していた苦しい時期から付き従った忠臣
  • 末森城の救援など、利家の主要な戦いで活躍した
  • 利家の死後、江戸へ下るまつに付き従い、前田家を支えた
目次

浪人時代の利家に従う

永禄2年(1559年)、利家は信長の茶坊主・拾阿弥を斬ったことで信長の怒りを買い、浪人となった。長頼はこの苦しい時期にも利家のもとを離れず付き従った。

利家はその後、桶狭間の戦いや森部の戦いで手柄を立てて許され、織田家に戻ることができた。

前田家の重臣

長頼は利家の戦いの多くに加わり、天正12年(1584年)の末森城の戦いでは救援軍の先頭に立って戦った。利家からの信頼は厚く、前田家の重臣となった。

まつに従う

慶長4年(1599年)に利家が亡くなり、前田家が徳川家康に謀反を疑われると、利家の妻・まつが人質として江戸に下ることになった。長頼はまつに付き従って江戸へ行き、そのそばで仕えた。慶長10年(1605年)に江戸で亡くなったとされる。

村井長頼をめぐる人物

  • 主君:前田利家/前田利長
  • 付き従った人物:まつ(芳春院)
  • 同僚:奥村永福

ゆかりの地

  • 金沢城(石川県金沢市):前田家の本拠
  • 末森城跡(石川県羽咋郡宝達志水町):救援に向かった城
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