神保長職 | 富山城を築いた越中の守護代。上杉謙信に攻められて敗れ、のちに上杉方についた

神保長職のイラスト(イメージ)

じんぼう ながもと

地域北陸(越中)
所属勢力・属性神保氏(越中守護代)
大名家神保家
家紋不詳
主武器―(采配)
衣装・甲冑具足・陣羽織
武将タイプ越中の雄

神保長職(じんぼう ながもと)は、越中(富山県)の守護代・神保家の当主である。生まれた年はわかっておらず、元亀3年(1572年)ごろに亡くなったとされる。富山城を築き、越中の西部・中部に勢力を広げたが、越後の上杉謙信に攻められて敗れた。

3行でわかる神保長職
  • 越中の守護代・神保家の当主で、越中西部・中部を治めた
  • 天文12年(1543年)ごろ、富山城を築いたとされる
  • 東越中の椎名家と争い、椎名家を助けた上杉謙信に攻められて敗れた
目次

富山城を築く

神保家は越中の守護・畠山家の守護代をつとめた家である。長職は天文12年(1543年)ごろ、神通川のほとりに富山城を築いたとされ、これが富山の町のはじまりといわれる。

上杉謙信との戦い

長職は東越中の椎名康胤と争った。椎名家が越後の上杉謙信を頼ると、謙信は越中に出陣し、永禄3年(1560年)と永禄5年(1562年)に長職を攻めて降伏させた。

その後、長職は上杉方に従ったが、神保家の内部では上杉方と一向一揆・武田方の派閥の対立が続き、神保家の力は弱まっていった。

神保長職をめぐる人物

  • 戦った相手:上杉謙信/椎名康胤
  • 主家:越中守護・畠山家
  • 一族:神保氏張/神保長住

ゆかりの地

  • 富山城址公園(富山市):長職が築いたとされる富山城の地
  • 増山城跡(富山県砺波市):神保家の拠点となった山城
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