にかいどう もりよし
| 地域 | 東北 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 陸奥二階堂氏 |
| 大名家 | 二階堂氏 |
| 家紋 | 丸に三ツ割り丸た |
| 主武器 | 太刀 |
| 衣装・甲冑 | 重厚具足 |
| 武将タイプ | 不屈・伊達の宿敵 |
陸奥須賀川城主。伊達輝宗・政宗親子の激しい侵攻に対し、阿武隈川流域の領地を徹底防衛した不屈の将。
目次
須賀川城主・二階堂盛義
二階堂盛義(にかいどう もりよし)は、陸奥国の須賀川城(すかがわじょう)を本拠とした武将です。伊達輝宗・政宗の父子との激しい抗争のなかで、須賀川の地を守り抜こうとした、南奥州の領主です。
南奥州の争い
二階堂氏の治める須賀川は、伊達氏・蘆名氏・佐竹氏といった大勢力がひしめく南奥州の要衝でした。二階堂盛義は、これらの勢力の狭間で、家の存続を懸けて苦しい舵取りを続けました。
蘆名家との縁
二階堂盛義の子・盛隆は、会津の名門・蘆名家の養子となり、その当主(蘆名盛隆)となりました。[[139]]二階堂家は、こうして大名・蘆名氏と深い縁を結びます。しかし、その盛隆ものちに家臣に横死するなど、南奥州の情勢は激動を続けました。
伊達の圧力のなかで
急速に強大化する伊達政宗の圧力の前に、二階堂氏も次第に追い詰められていきました。盛義の死後、須賀川城は政宗の攻撃を受けて落城します。二階堂盛義の生涯は、大勢力の狭間で須賀川を守り、蘆名家とも縁を結んだ、南奥州領主の苦闘を今に伝えています。



















