ふくどめ ちかまさ
| 地域 | 四国 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 長宗我部家臣 |
| 大名家 | 長宗我部 |
| 家紋 | 七つカタバミ |
| 主武器 | 大槍(福留の槍) |
| 衣装・甲冑 | 武骨重厚具足 |
| 武将タイプ | 「福留の隼」・一等賞 |
長宗我部家随一の凄絶な猛将(福留隼人)。21回の合戦で一番槍・一番首を総総なめにし「福留の前に敵なし」と恐れられた。「福留の隼」・一等賞と評され、周囲からの信頼も厚かったと伝わる。
長宗我部随一の猛将
福留親政は、土佐の戦国大名・長宗我部氏に仕えた武将で、その凄まじい武勇から長宗我部家随一の猛将と称された人物である。福留隼人(はやと)の名でも知られる。四国統一を成し遂げた長宗我部氏の数ある家臣のなかでも、親政の勇猛さは際立っており、その名は敵味方に広く知れ渡っていた。
「福留の前に敵なし」
親政は、生涯において幾多の合戦に身を投じ、そのたびに目覚ましい武功を挙げた。一番槍や一番首といった、戦場で最も危険かつ名誉ある働きを、彼は繰り返し成し遂げたと伝えられる。その圧倒的な強さから「福留の前に敵なし」とまで称され、長宗我部軍の先陣を飾る猛将として恐れられた。
数々の武功
伝えられるところによれば、福留親政は二十回を超える合戦において一番槍・一番首の功を重ねたという。これは、常に戦場の最前線に立ち、命を惜しまず戦い続けたことの証である。長宗我部氏が土佐を統一し、四国全土へと版図を広げていく過程で、親政のような猛将の働きは、その原動力の一つとなった。
一領具足を率いて
長宗我部氏の強さを支えたのは、半農半兵の郷士「一領具足」に象徴される、結束の固い土佐武士たちであった。福留親政は、こうした精強な土佐武士を率いて戦場を駆けた。彼の勇猛さは、長宗我部軍全体の士気を高め、その戦いぶりを象徴するものであった。まさに土佐武士の武勇を体現する存在であった。
武勇の記憶
福留親政の凄絶な武勇の数々は、長宗我部氏の武名とともに後世に語り継がれた。「福留の隼」とも称された彼の勇名は、四国に覇を唱えた長宗我部氏の強さを今に伝えている。個々の逸話には誇張も含まれようが、それだけ親政の武勇が人々に強い印象を残したことの表れである。土佐随一の猛将の名は、戦国史に鮮やかに刻まれている。








































