長宗我部家– tax –

土佐の有力な国人「土佐七雄」の一つ。長宗我部国親が一度失った本拠の岡豊城を取り戻し、子の元親が勢力を広げた。元親は1575年の四万十川の戦いで土佐一条氏を破って土佐を統一し、阿波・讃岐・伊予へ攻め込んで四国のほぼ全域に手を伸ばした。
しかし1585年、豊臣秀吉の四国攻めに降伏し、土佐一国に戻された。翌年の九州攻めの戸次川の戦いでは嫡男信親が戦死し、その後の跡継ぎをめぐる混乱が家中に深い傷を残した。
元親の死後、家督を継いだ盛親は関ヶ原の戦いで西軍につき、戦後に改易された。盛親は大坂の陣で豊臣方として再起をはかったが、敗れて処刑されている。半農半兵の「一領具足」は長宗我部家の兵力を支えた仕組みとして知られる。

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