ひねの ひろなり
| 地域 | 東海 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 斎藤・織田系 |
| 大名家 | 斎藤 |
| 家紋 | 丸に違い鷹の羽 |
| 主武器 | 太刀・鎧造り |
| 衣装・甲冑 | 日野根頭巾・特殊具足 |
| 武将タイプ | 異能・武者 |
「日野根頭巾」を考案した武具・戦術の異能者。斎藤家滅亡後も各地を転戦し織田・豊臣に仕えた。
目次
武具・戦術の異能者・日根野弘就
日根野弘就(ひねの ひろなり)は、美濃国(現在の岐阜県)の戦国大名・斎藤氏に仕えた武将です。「日根野頭巾(ひねのずきん)」と呼ばれる兜・頭巾を考案したと伝えられる、武具や戦術に通じた異能の人物として知られます。
武具の工夫
日根野弘就が考案したとされる日根野頭巾は、実戦的で機能的な意匠から、多くの武将に愛用されたと伝えられます。武具の改良に工夫を凝らすその才は、戦場での実用性を追求した、異能の武将ならではのものでした。
斎藤氏のもとで
日根野弘就は、美濃の斎藤道三・義龍・龍興の代に仕え、その武勇と知略を発揮しました。しかし、斎藤氏は織田信長の攻勢の前に次第に追い詰められ、永禄10年(1567年)についに滅亡してしまいます。
各地を転戦して
主家・斎藤氏の滅亡後も、日根野弘就は各地を転戦し、やがて織田・豊臣に仕えました。その武具・戦術の才は、主家を替えてもなお重宝されたのです。日根野弘就の生涯は、武具の工夫に長けた異能の武将として、斎藤氏の滅亡を経てもなお戦国の世を渡り歩いた歩みを今に伝えています。
























