上条政繁 | 上杉一門として景勝を支えたのち、上杉家を離れて豊臣家・徳川家に仕えた武将

上条政繁のイラスト(イメージ)

じょうじょう まさしげ

地域甲信越(越後)
所属勢力・属性上杉氏(一門)→ 豊臣氏・徳川氏
大名家上条上杉家
家紋竹に雀
主武器―(采配)
衣装・甲冑具足・陣羽織
武将タイプ一門の重臣

上条政繁(じょうじょう まさしげ)は、越後の上条上杉家を継いだ上杉家の一門である。能登の畠山家の出身とされ、のちに上条宜順と名のった。生まれた年や亡くなった年ははっきりしない。御館の乱では上杉景勝を支えたが、のちに景勝と対立して上杉家を離れ、豊臣秀吉に仕えた。子孫は江戸幕府の高家となった。

3行でわかる上条政繁
  • 能登の畠山家の出身とされ、上杉一門の上条家を継いだ
  • 御館の乱で上杉景勝に味方して勝利に貢献した
  • のちに景勝と対立して上杉家を離れ、豊臣家に仕えた
目次

上杉一門

政繁は能登の畠山家の一族と伝わり、上杉謙信のもとで上杉一門の上条家を継いだ。謙信の姉の娘を妻にしたともいわれ、景勝とは義理の兄弟の関係にあったとされる。

御館の乱と上杉家からの離脱

天正6年(1578年)の御館の乱では景勝に味方し、景勝の勝利に貢献した。しかしその後、景勝との関係が悪化し、天正12年(1584年)ごろ上杉家を離れて上方へ移り、豊臣秀吉に仕えた。

子孫は江戸幕府に仕え、儀式や典礼を担当する高家の家柄となった。

上条政繁をめぐる人物

  • 主君:上杉謙信/上杉景勝 → 豊臣秀吉
  • 出身:能登畠山家(と伝わる)

ゆかりの地

  • 春日山城跡(新潟県上越市):上杉家の居城
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