斎藤家– tax –
美濃の戦国大名。斎藤道三(利政)は守護の土岐氏を追い出して美濃を手に入れたが、1556年の長良川の戦いで子の義龍に討たれた。
義龍は一色を名乗って美濃を固めたが、1561年に急死する。跡を継いだ龍興の代には、竹中半兵衛による稲葉山城の乗っ取り(1564年)や、稲葉一鉄・安藤守就・氏家卜全の「西美濃三人衆」の織田方への寝返りが起き、1567年、織田信長に稲葉山城を落とされて斎藤家は美濃を失った。
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東海
氏家直元 | 西美濃三人衆の一人。長島攻めの退却戦で討死
氏家直元(卜全)は美濃の武将。斎藤氏に仕えて大垣城を拠点とし、稲葉良通・安藤守就とともに西美濃三人衆と呼ばれた。永禄10年(1567)に織田信長に内応し、元亀2年(1571)の長島攻めの退却中に殿を務めて討死した。 -
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稲葉一鉄 | 西美濃三人衆の筆頭。織田信長・豊臣秀吉に仕え、曲がったことを許さぬ強烈な骨身で異彩を放った
いなば いってつ 地域東海 所属勢力・属性西美濃三人衆 大名家西美濃三人衆 家紋丸に三ツツキ 主武器太刀・数珠 衣装・甲冑重厚具足 武将タイプ「頑固一徹」・頑強 西美濃三人衆の筆頭。織田信長・豊臣秀吉に仕え、曲がったことを許さぬ強烈な骨身で異彩を... -
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安藤守就 | 西美濃三人衆の一人、美濃北方城主
あんどう もりなり 地域美濃国(岐阜県本巣郡北方町) 所属勢力・属性斎藤家臣、のち織田家臣 大名家斎藤氏→織田氏 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ知略・国衆 安藤守就は、稲葉一鉄(良通)・氏家卜全(直元)とともに「美濃三人衆(西美濃... -
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竹腰尚光 | 美濃斎藤氏の家臣
美濃斎藤氏の家臣。柳津城主とされ、長良川の戦いで戦死した竹腰摂津守の跡を継いだと伝わる。道鎮の子とする説もある。 -
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日根野弘就 | 斎藤家の重臣、日根野頭形の兜で知られる
ひねの ひろなり 地域美濃国(岐阜県) 所属勢力・属性斎藤家臣のち今川・浅井・織田・豊臣に仕える 大名家斎藤氏 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑日根野頭形兜 武将タイプしぶとく生き抜いた歴戦の将 日根野弘就は、美濃の斎藤氏に仕えた重臣である。主家が滅... -
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長井道利 | 斎藤道三の弟(または甥)。斎藤龍興を支え、織田信長の美濃侵攻に対し稲葉山城の周りで徹底的に抵抗
ながい みちとし 地域東海 所属勢力・属性斎藤家臣 大名家斎藤 家紋丸に二ツ引 主武器太刀 衣装・甲冑重厚具足 武将タイプ執念 長井道利とは 長井道利(ながい みちとし)は、戦国時代の美濃国(現在の岐阜県南部)に生きた武将で、下剋上で知られる斎藤道... -
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岸信房 | 美濃堂洞城主・岸信周の嫡男。堂洞合戦で城を守り抜こうと戦い、傷を負って自害した
きし のぶふさ 地域東海 所属勢力・属性斎藤家臣 大名家斎藤 家紋不詳 主武器太刀 得意分野城の守り衣装・甲冑軽捷具足 武将タイプ勇猛・悲壮 美濃堂洞城主・岸信周の嫡男。永禄8年(1565年)、信長の美濃攻めの中で起きた堂洞合戦で城の北側を守り、加治... -
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岸信周 | 信長の美濃攻めに抗い、堂洞城で討死した中濃の城主
岸信周は美濃の斎藤氏に属した中濃(美濃中部)の武将で、堂洞城(岐阜県美濃加茂市)の城主である。通称は勘解由左衛門。永禄8年(1565)、織田信長に攻められた堂洞合戦で城は落ち、信周は討死したとされる。 -
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遠藤慶隆 | 美濃郡上八幡城主。織田・豊臣・徳川と激動の時代を生き抜き、関ヶ原の戦い(一人の合戦)で旧領を奪還
えんどう よしたか 地域東海 所属勢力・属性郡上遠藤氏 大名家郡上遠藤氏 家紋丸に三ツ柏 主武器太刀・采配 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ不屈・執念 美濃郡上八幡城主。織田・豊臣・徳川と激動の時代を生き抜き、関ヶ原の戦い(一人の合戦)で旧領を奪還。... -
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遠藤胤俊 | 郡上「両遠藤」の木越城主、堅田で討死
遠藤胤俊(1546〜1570)は美濃郡上郡の木越城主。叔父盛数とともに「両遠藤」と呼ばれた家の当主で、従弟の遠藤慶隆と一時争ったのち和睦し、織田信長に従った。元亀元年の志賀の陣で、近江堅田にて討死したとされる。 -
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斎藤道三 | 「美濃の蝮」と恐れられた下剋上の梟雄
さいとう どうさん 地域東海 所属勢力・属性美濃斎藤氏 大名家斎藤 家紋撫子 主武器太刀 衣装・甲冑実戦具足 武将タイプ下剋上・梟雄 斎藤道三とは 斎藤道三は、美濃一国を実力で奪い取り「美濃の蝮」と恐れられた戦国大名である。下剋上という言葉が最も...
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