わたなべ かんべえ
| 地域 | 近畿 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 石田・藤堂家臣 |
| 大名家 | 石田 |
| 家紋 | 丸に三ツ星 |
| 主武器 | 大槍 |
| 衣装・甲冑 | 実戦具足 |
| 武将タイプ | 槍の極致・豪傑 |
「槍の勘兵衛」と恐れられた猛者。数々の主家に仕え、関ヶ原や大坂の陣で圧倒的な槍働きを披露した現場の鬼。
目次
槍の勘兵衛・渡辺勘兵衛
渡辺勘兵衛(わたなべ かんべえ)は、「槍の勘兵衛」と恐れられた戦国屈指の猛者です。数々の主家に仕え、その圧倒的な槍働きで武名を轟かせた、まさに現場の鬼というべき武将でした。
主家を渡り歩いた猛将
渡辺勘兵衛は、その優れた武勇を買われて、いくつもの大名に仕えました。腕一本で身を立てる武辺者にとって、より自分を評価してくれる主家を求めて渡り歩くことは、珍しいことではありませんでした。勘兵衛の槍は、どの戦場でも際立っていました。
関ヶ原・大坂の陣での槍働き
渡辺勘兵衛は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いや、慶長19〜20年(1614〜15年)の大坂の陣といった天下分け目の大戦において、圧倒的な槍働きを披露しました。乱世の掉尾を飾る合戦で、その武勇は存分に発揮されたのです。
武辺一筋の生涯
渡辺勘兵衛は、立身出世よりも、武辺者としての誇りを重んじた人物だったと伝えられます。主君に対しても武人としての筋を通し、時に禄を捨てることも辞さなかったといいます。渡辺勘兵衛の生涯は、「槍の勘兵衛」として戦場を渡り歩いた、戦国最後の武辺者の気概を今に伝えています。






















