しちのへ いえくに
| 地域 | 東北 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 南部・七戸氏 |
| 大名家 | 南部氏 |
| 家紋 | 丸に鶴の丸 |
| 主武器 | 大槍 |
| 衣装・甲冑 | 実戦具足 |
| 武将タイプ | 勇猛・反骨 |
南部一族七戸氏。九戸政実の乱に同調して挙兵し、豊臣軍の圧攻に対して自領の城を守り抜いて散った。
目次
南部一族の七戸氏
七戸家国(しちのへ いえくに)は、陸奥北部(現在の青森県・岩手県北部)に君臨した大名・南部氏の一族である七戸氏の武将です。南部氏は、多くの分家・一族を従える連合的な大勢力で、七戸氏もその有力な一門でした。
九戸政実の乱
天正19年(1591年)、南部一族の九戸政実が本家に反旗を翻す「九戸政実の乱」が起こります。豊臣秀吉の天下統一が完成しつつあるまさにそのとき、七戸家国はこの反乱に同調して挙兵しました。一族の内部対立が、天下統一の大波と重なったのです。
豊臣軍との死闘
反乱に対し、豊臣秀吉は蒲生氏郷・浅野長政らの率いる奥州仕置軍の大軍を差し向けました。七戸家国は、この圧倒的な豊臣軍の攻撃に対して、自領の城を守り抜こうと奮戦し、ついに城とともに散ったと伝えられます。
天下統一の総仕上げのなかで
九戸政実の乱は、豊臣秀吉による天下統一の最後の総仕上げとなった戦いでした。七戸家国の壮絶な最期は、中央の天下統一の巨大な力に、奥州の地で最後まで抗った一族の意地を今に伝えています。

































