大河ドラマ『豊臣兄弟!』第36回「姫若子と鬼若子」は、2026年9月20日に放送されました。天正12年(1584年)11月から天正13年(1585年)7月ごろ。秀長が総大将となった四国攻めと、秀吉の関白就任が描かれます。
第36回のあらすじ
冒頭、家康は絵を描いています。石川数正は、秀吉のもとへ出された次男・於義伊(のちの結城秀康)のことで家康に詰め寄りますが、家康の絵には鷹と2匹の猿が描かれていました。
小牧・長久手の戦いは、秀吉と信雄の和睦でいったん終わります。ところが四国では長宗我部元親が秀吉にさからいます。「阿波・讃岐・伊予を返せば土佐は認める」という秀吉の申し出に、嫡男の長宗我部信親は激しく怒りました。元親は、かつて信長に「鳥なき里のコウモリ」と言われたことを思い出します。
天正13年、秀吉は秀長を四国攻めの総大将に任じます。秀長は約1000艘の船を使い、阿波・讃岐・伊予の三方から攻めこみました。そのころ秀吉は京で、近衛龍山(前久)の猶子となって関白になる計画を進めていました。
追いつめられた元親を前に、秀長は第25回での出会いを思い出します。京で女物の着物を着て歩いていた元親は、「好きじゃき。この姿でいると心が穏やかになる」と話していました。秀長は、元親の重臣・谷忠澄に美しい着物を持たせて送ります。着物をまとって現れた元親は、戦で人を殺すことに慣れて「醜い鬼」になるのを防ぐために着物を着ていたと明かし、秀長のことばが救いだったと感謝しました。秀長が「好きじゃき」と返すと、二人は笑い合い、元親は降伏を決めます。
天正13年7月11日、秀吉は関白に就きました。
主な登場人物
- 羽柴秀長/仲野太賀(四国攻めの総大将)、羽柴秀吉/池松壮亮
- 長宗我部元親/磯部寛之、長宗我部信親/林裕太
- 谷忠澄(長宗我部家の重臣)/堀部圭亮
- 近衛龍山(前久)/前野朋哉
- 千利休/吉岡秀隆、蜂須賀正勝/高橋努
- 徳川家康/松下洸平、石川数正/迫田孝也
史実と比べてみると
- 於義丸:小牧・長久手の和睦のあと、天正12年12月に家康の次男・於義丸が秀吉の養子(事実上の人質)として大坂へ送られました。
- 姫若子と鬼若子:元親は若いころ色白でおとなしく「姫若子」と呼ばれましたが、永禄3年(1560年)の初陣で奮戦して「鬼若子」と呼ばれるようになったと、後世の軍記に伝わります。女物の着物を好んだという設定はドラマの創作です。
- 「鳥なき島の蝙蝠」:信長が元親をこう評したという逸話が知られますが、確かさには疑問もあります。
- 四国攻め:天正13年6月から8月。秀長が総大将となり(秀吉は出陣をとりやめたとされます)、秀長・秀次が阿波、宇喜多秀家らが讃岐、小早川隆景ら毛利勢が伊予から攻めました。総勢は10万余とされます。
- 元親の降伏:重臣の谷忠澄が和睦をすすめたとされ、元親は7月末ごろ降伏して土佐一国を認められました。着物で説得したのは創作です。
- 関白就任:天正13年7月11日、秀吉は近衛前久の猶子となって関白に任じられました。五摂家以外の者が関白になったのは初めてです。
- 信親のその後:翌天正14年、九州攻めの戸次川の戦いで22歳で討死しました。
振り返り
力で攻めながら、最後は相手の心をほどいて戦を終わらせる。第25回の何気ない会話を11回ごしに回収した、秀長らしい勝ち方でした。四国攻めのくわしい流れは四国攻めの解説をどうぞ。ここから物語は第37回「秀長の国」、大和郡山へ続きます。
放送中の回の記事や登場人物の解説は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』特集にまとめています。
























