まつなが ひさみち
| 地域 | 近畿 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 松永氏 |
| 大名家 | 松永氏 |
| 家紋 | 蔦 |
| 主武器 | 太刀 |
| 衣装・甲冑 | 塗具足 |
| 武将タイプ | 悲壮・梟雄の子 |
松永久秀の長男。父とともに将軍足利義輝暗殺(永禄の変)や東大寺大仏殿の戦いに参加し、信貴山城の戦いで討死。
目次
松永久秀の長男・久通
松永久通(まつなが ひさみち)は、戦国屈指の梟雄として名高い松永久秀の長男です。松永氏は、三好氏の家臣から身を起こし、畿内に一大勢力を築いた一族で、久通は父とともにその中心にありました。
将軍暗殺(永禄の変)
永禄8年(1565年)、松永久通は、三好三人衆らとともに、室町幕府の第13代将軍・足利義輝を襲撃してこれを討つという大事件(永禄の変)に関わりました。将軍を弑するというこの行いは、天下を揺るがす衝撃を与えました。
東大寺大仏殿の戦い
松永久通は、父・久秀とともに、三好方との争いのなかで東大寺大仏殿の戦いにも関わりました。この戦いで大仏殿が焼失したことは、松永父子の悪名を高める一因ともなりました。
信貴山城の最期
松永父子は、一度は織田信長に従いますが、やがて再び反旗を翻します。天正5年(1577年)、信長の軍に攻められた松永父子は、本拠・信貴山城(しぎさんじょう)で最期を迎えたと伝えられます。松永久通の生涯は、将軍暗殺という大事件に関わり、戦国の梟雄・久秀とともに畿内の動乱を駆け抜けた武将の姿を今に伝えています。






















