村上景親 | 村上武吉の次男。兄元吉の討死後、村上水軍を率いて毛利家に仕え、長州藩船手組の基礎を築いた

むらかみ かげちか

地域中国
所属勢力・属性能島村上氏
大名家能島村上氏
家紋丸に上文字
主武器太刀・水軍旗
衣装・甲冑水軍具足
武将タイプ水軍・継承

村上武吉の次男。兄元吉の討死後、村上水軍を率いて毛利家に仕え、長州藩船手組の基礎を築いた。

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村上武吉の次男・村上景親

村上景親(むらかみ かげちか)は、瀬戸内海に威を張った能島村上水軍の当主・村上武吉の次男です。兄・元吉の亡きあと、村上水軍を率いて毛利家に仕え、長州藩船手組の基礎を築いた人物です。

瀬戸内の村上水軍

村上氏は、能島・来島・因島の三家に分かれ、瀬戸内海の交通と海戦を支配した「海賊衆」でした。とりわけ能島村上家は、村上武吉のもとで最盛期を迎え、毛利氏と結んで織田水軍と渡り合うなど、瀬戸内の制海権を握ります。

兄・元吉の討死

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに際して、兄・村上元吉は伊予で戦い、討ち死にを遂げました。村上景親は、この兄の死後、村上水軍を率いる立場となり、一族を支えていくことになります。

長州藩船手組の礎

関ヶ原ののち、毛利氏が防長二国に減封されると、村上景親もこれに従い、毛利水軍を再編した長州藩の船手組(水軍組織)の基礎を築きました。かつての海賊衆は、藩の水軍として近世へと生き残ったのです。村上景親の生涯は、名門・村上水軍を率いて毛利に仕え、長州藩水軍の礎を築いた、その姿を今に伝えています。

村上家

主家

村上武吉
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