なごや さんざぶろう
| 地域 | 東海・近畿 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 蒲生・森系 |
| 大名家 | 蒲生 |
| 家紋 | 丸に三ツ柏 |
| 主武器 | 太刀・脇差 |
| 衣装・甲冑 | 華美伊達衣装 |
| 武将タイプ | 「天下の伊達男」・美男子 |
蒲生氏郷や森忠政に仕えた戦国屈指の美男子。阿国の夫とも伝えられ、歌舞伎踊りの流行を創出した風流人。
戦国屈指の美男子
名古屋山三郎は、蒲生氏郷や森忠政に仕えた武将で、戦国時代屈指の美男子として名高い人物である。その優れた容姿と洗練された振る舞いから「天下の伊達男」と称され、当時の人々の憧れの的となった。武辺のみが重んじられた時代にあって、山三郎はその美貌と風流によって一世を風靡した異色の存在であった。
蒲生氏郷への出仕
山三郎は、はじめ名将として知られる蒲生氏郷に仕えたと伝えられる。氏郷は文武に秀でた教養人であり、その家中には多くの才ある者が集った。山三郎もまた、氏郷のもとでその才覚を発揮した。主君に見出され、若くして頭角を現したその姿は、戦国の世を生きる若武者の一つのあり方であった。
かぶき踊りとの関わり
名古屋山三郎は、かぶき踊りの創始者として知られる出雲阿国の夫であったとも伝えられ、当時流行した「かぶき者」の風俗を象徴する人物とされる。派手な装いと自由奔放な振る舞いを好むかぶき者の気風は、戦乱の世が終わりに向かう時代の空気を映していた。山三郎は、その流行の中心にいた風流人であった。
森忠政への仕官
山三郎は、のちに森忠政に仕えた。森氏は、鬼武蔵と恐れられた森長可や、本能寺で信長に殉じた森蘭丸を輩出した武名高い一族である。山三郎は、この森家中においてもその存在を示したが、家中の同僚との間に争いを生じることになった。美貌と才を兼ね備えた者ゆえの、複雑な人間関係もあったと伝えられる。
若き伊達男の最期
名古屋山三郎は、森家中での同僚との刃傷沙汰の末に、若くしてその生涯を閉じたと伝えられる。華やかな美貌と風流で時代を彩った伊達男の、あまりにあっけない最期であった。しかし、かぶき踊りの流行と結びついたその名は、戦国から泰平へと移りゆく時代の華やかな一面を象徴する存在として、後世に語り継がれている。





















