蒲生家– tax –
近江の日野城を本拠とした家。蒲生氏郷は人質として織田信長のもとで育ち、才能を見込まれて信長の娘を妻に迎えた。
のちに豊臣秀吉に仕えて伊勢松坂を経て、会津92万石の大名となり、伊達政宗の押さえを任された。1595年に氏郷が40歳で亡くなると、家中の対立もあって所領は減らされた。町野繁仍や蒲生郷安らの重臣が家を支え、氏郷に仕えた者の中には、のちに歌舞伎の祖の一人と語られる名古屋山三郎もいる。
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近畿
名古屋山三郎 | 蒲生氏郷の小姓、のち森忠政に仕えたかぶき者
なごや さんざぶろう 地域近畿 所属勢力・属性蒲生家臣→浪人→森家臣 大名家蒲生家・森家 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑派手な小袖に伊達な装い 武将タイプ武勇・伊達者 名古屋山三郎は、安土桃山時代から江戸時代のはじめに生きた武士である。若くして蒲生氏... -
東海
関一政 | 伊勢亀山城主・関盛信の子。蒲生氏郷や徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いで東軍として軍功を挙げ美濃黒野藩主となった
せき かずまさ 地域東海 所属勢力・属性関氏・徳川系 大名家関氏 家紋丸に三ツ柏 主武器太刀・采配 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ「亀山城主」・転封 伊勢亀山城主・関盛信の子。蒲生氏郷や徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いで東軍として軍功を挙げ美濃黒野藩主... -
東北
町野繁仍 | 蒲生氏郷の重臣。会津で猪苗代・二本松城代、のち白河城代
町野繁仍(1543〜1613)は蒲生氏郷の重臣で、通称は左近。日野時代から氏郷に仕え、伊勢松阪では山田奉行を務めた。会津移封後は猪苗代城・二本松城の城代となり、蒲生秀行の代には白河小峰城の城代を務めた。 -
東北
蒲生郷安 | 蒲生氏郷の重臣、米沢城主7万石
蒲生郷安は近江出身の武将で、もとは赤佐隼人と名乗り六角氏に仕えた。浪人を経て蒲生氏郷に仕え、九州平定の功で蒲生姓と「郷」の字を許された。会津移封後は米沢城主として家中最高の7万石を知行したが、氏郷没後の内紛で蒲生家を追われた。
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