あしな もりたか
| 地域 | 東北 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 蘆名氏第18代 |
| 大名家 | 蘆名氏 |
| 家紋 | 三浦三つ引 |
| 主武器 | 太刀 |
| 衣装・甲冑 | 華美な会津具足 |
| 武将タイプ | 才気・悲運 |
二階堂氏出身で蘆名盛興の養子となり、第18代当主を継承。周辺勢力との均衡を図ったが、天正12年(1584)に家臣に殺害された。
目次
蘆名家を継いだ・蘆名盛隆
蘆名盛隆(あしな もりたか)は、会津(現在の福島県西部)の大名・蘆名氏の第十八代当主です。二階堂氏の出身で蘆名盛興の養子となって家督を継ぎましたが、家臣に殺害されるという非業の最期を遂げました。
二階堂から蘆名へ
蘆名盛隆は、もとは陸奥須賀川の二階堂氏の出身でした。蘆名家の当主・盛興に子がなかったため、その養子として迎えられ、名門・蘆名家の家督を継ぎます。他家から名門を継ぐことは、家中の複雑な事情を抱えることでもありました。
周辺勢力との均衡
蘆名盛隆は、伊達氏や佐竹氏といった周辺の大勢力との間で、巧みに均衡を図りながら会津の領国を保とうとしました。強敵に囲まれた会津を治めるには、繊細な舵取りが求められたのです。
家臣による横死
しかし天正12年(1584年)、蘆名盛隆は、寵臣との確執などから、家臣によって殺害されてしまいました。若き当主の横死は、蘆名家の家中を大きく動揺させ、以後の衰退の一因となります。蘆名盛隆の生涯は、他家から名門を継ぎ、周辺勢力との均衡に努めながら、家臣に横死した、その悲運を今に伝えています。




























