さかい まさひさ
| 地域 | 東海(美濃)、近畿(京・近江) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 織田氏(重臣) |
| 大名家 | 坂井家 |
| 家紋 | 不詳 |
| 主武器 | 槍 |
| 衣装・甲冑 | 具足・陣羽織 |
| 武将タイプ | 実直な重臣 |
坂井政尚(さかい まさひさ)は、織田信長に仕えた美濃出身の武将である。生まれた年はわかっておらず、元亀元年(1570年)に討死した。信長が上洛したあと、京の政務にもたずさわった重臣だったが、志賀の陣で浅井・朝倉軍と戦って討たれた。
3行でわかる坂井政尚
- 美濃の出身で、信長に仕えて重臣となった
- 信長の上洛後、京や畿内の政務・戦いで活躍した
- 志賀の陣のさなか、近江の堅田で浅井・朝倉軍と戦って討死した
目次
信長の上洛を支える
政尚は美濃の出身とされ、信長の美濃攻めのころから織田家に仕えた。永禄11年(1568年)の上洛のあとは、京の政務や、畿内の戦いで活躍した。
姉川と志賀の陣
元亀元年(1570年)の姉川の戦いでは、政尚の子・坂井尚恒が討死している。同じ年、浅井・朝倉軍が比叡山に立てこもった志賀の陣で、政尚は近江の堅田(滋賀県大津市)を守っていたところを浅井・朝倉軍に攻められ、討死した。
坂井政尚をめぐる人物
- 主君:織田信長
- 子:坂井尚恒(姉川で討死)
- 戦った相手:浅井長政/朝倉義景
ゆかりの地
- 堅田(滋賀県大津市):政尚が討死した地


織田信長
浅井長政
朝倉義景







































