秋山虎繁(信友) | 武田家の猛将。美濃の岩村城を奪い信長の叔母と結婚したが、長篠のあと城を落とされ処刑された

秋山虎繁のイラスト(イメージ)

あきやま とらしげ

地域甲信越(信濃・伊那)、東海(美濃・岩村)
所属勢力・属性武田氏(重臣)
大名家秋山家
家紋不詳
主武器槍
衣装・甲冑具足・陣羽織
武将タイプ猛将

秋山虎繁(あきやま とらしげ)は、武田信玄・勝頼に仕えた重臣で、信友の名でも知られる。大永7年(1527年)に生まれ、天正3年(1575年)に処刑された。伊那郡の高遠城代などをつとめ、のちに美濃の岩村城を奪って城主となり、織田信長の叔母・おつやの方を妻とした。

3行でわかる秋山虎繁
  • 武田家の重臣で、伊那郡の支配や美濃・三河方面の攻略を担った
  • 元亀3年(1572年)に岩村城を手に入れ、城主の未亡人で信長の叔母・おつやの方と結婚した
  • 長篠の戦いのあと岩村城を織田軍に囲まれて降伏し、おつやの方とともに処刑された
目次

伊那の守り

虎繁は甲斐の秋山家に生まれ、信玄の信濃攻めで手柄を立てた。伊那郡の高遠城代などをつとめ、信濃南部から美濃・三河方面へ進出する武田家の先鋒となった。

岩村城とおつやの方

美濃の岩村城(岐阜県恵那市)は、遠山景任が城主だったが、景任が亡くなると、景任の妻で信長の叔母にあたるおつやの方が城を治め、信長の五男・御坊丸(のちの織田勝長)が養子として入った。

元亀3年(1572年)、虎繁は岩村城を攻めて降伏させ、おつやの方と結婚して城主となった。御坊丸は甲斐に送られた。叔母を奪われた形の信長は激しく怒ったといわれる。

岩村城の落城

天正3年(1575年)、武田家が長篠の戦いで大敗すると、信長の嫡男・織田信忠が岩村城を囲んだ。武田家からの援軍は届かず、虎繁は降伏した。

虎繁とおつやの方は岐阜に送られ、長良川の河原で処刑された。

秋山虎繁をめぐる人物

  • 主君:武田信玄/武田勝頼
  • 妻:おつやの方(織田信長の叔母)
  • 岩村城を攻めた相手:織田信忠

ゆかりの地

  • 岩村城跡(岐阜県恵那市岩村町):虎繁が城主となった山城。日本三大山城のひとつ
  • 高遠城跡(長野県伊那市):虎繁が城代をつとめた城
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