あしな もりうじ
| 地域 | 東北 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 蘆名氏第16代 |
| 大名家 | 蘆名氏 |
| 家紋 | 三浦三つ引 |
| 主武器 | 太刀・采配 |
| 衣装・甲冑 | 会津大将具足 |
| 武将タイプ | 威厳・全盛 |
蘆名氏第16代。軍事と外交を駆使して会津を中心に勢力を伸ばし、戦国期蘆名氏の最盛期を築いた。
目次
会津の戦国大名・蘆名氏
蘆名盛氏(あしな もりうじ)は、会津(現在の福島県西部)の戦国大名・蘆名氏の第16代当主です。蘆名氏は、黒川城(のちの会津若松城)を本拠に会津に君臨した名門で、盛氏の代にその最盛期を迎えました。
軍事と外交の手腕
蘆名盛氏は、卓越した軍事と外交の手腕をもって、蘆名氏の勢力を大きく広げました。周辺の諸勢力を武力で従え、あるいは巧みな外交で結びつけながら、会津を中心に南奥州に一大勢力を築き上げたのです。
戦国蘆名氏の最盛期
盛氏の時代、蘆名氏は伊達氏や佐竹氏といった周辺の大勢力ともわたり合い、南奥州の有力大名としてその名を轟かせました。まさに、戦国期の蘆名氏の絶頂というべき時代を現出したのです。
最盛期の後に
しかし、名君・盛氏が世を去ると、蘆名氏は次第に衰退へと向かいます。後継者に恵まれず、家中の対立も生じるなか、やがて伊達政宗の圧迫を受け、摺上原の戦いで滅亡へと追い込まれていきました。蘆名盛氏の生涯は、軍事と外交を尽くして会津に蘆名氏の最盛期を築いた、名君の姿を今に伝えています。




























