蘆名家– tax –

相模の三浦氏の一族が会津に入って根付いた家。黒川城(のちの会津若松城)を本拠とし、蘆名盛氏の代に会津を中心として南奥州で最大級の勢力を築いた。
盛氏の死後、跡継ぎが相次いで早世し、当主の盛隆も家臣に殺されるなど家中は不安定になった。最後は佐竹義重の子義広が養子として当主となったが、1589年の摺上原の戦いで伊達政宗に大敗し、戦国大名としての蘆名家は滅んだ。

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