冬姫 | 織田信長の娘で蒲生氏郷の妻。夫の死後、秀吉の誘いを断って尼になったと伝わる

冬姫のイラスト(イメージ)

ふゆひめ

地域近畿(近江・日野)、東北(会津)
所属勢力・属性織田氏(信長の娘)、蒲生氏郷の正室
大名家織田家・蒲生家
家紋織田木瓜
主武器―
衣装・甲冑小袖・打掛
武将タイプ気高い姫

冬姫(ふゆひめ)は、織田信長の娘で、蒲生氏郷の妻である。永禄4年(1561年)ごろに生まれ、寛永18年(1641年)に81歳で亡くなった。信長に見こまれた蒲生氏郷に嫁ぎ、夫が会津92万石の大名となるのを支えた。氏郷の死後、豊臣秀吉の誘いを断って出家したという話が伝わる。

3行でわかる冬姫
  • 信長の娘で、人質として来ていた蒲生氏郷の才能を見こんだ信長により、氏郷に嫁いだ
  • 夫の氏郷は会津92万石の大大名となった
  • 氏郷の死後、秀吉の側室になることを断って尼になったと伝わる
目次

蒲生氏郷に嫁ぐ

近江の蒲生家は、信長の上洛のさいに降伏し、跡継ぎの鶴千代(のちの氏郷)を人質に出した。信長は鶴千代の非凡な才能を見ぬき、永禄12年(1569年)、娘の冬姫を嫁がせた。冬姫はまだ幼かった。

会津92万石

氏郷は信長の死後、豊臣秀吉に仕えて伊勢松坂、さらに会津へと領地を移し、92万石の大大名となった。冬姫も夫とともに各地を移った。

文禄4年(1595年)、氏郷は40歳で病死した。

秀吉の誘いを断る

氏郷の死後、秀吉は美しい冬姫を側室にしようとしたが、冬姫は髪を下ろして尼になり、これを断ったという話が伝わる。その後、蒲生家は跡継ぎの秀行の代に宇都宮へ移されて領地を大きく減らされた。

冬姫は長生きし、蒲生家が断絶したあとも京で暮らして、寛永18年(1641年)に亡くなった。

冬姫をめぐる人物

  • 父:織田信長
  • 夫:蒲生氏郷
  • 子:蒲生秀行
  • 兄弟:織田信忠/織田信雄/織田信孝 ほか

ゆかりの地

  • 日野城跡(中野城跡)(滋賀県蒲生郡日野町):蒲生家の本拠
  • 鶴ヶ城(会津若松城)(福島県会津若松市):夫・氏郷が築いた城
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