かめひめ
| 地域 | 東海(三河・美濃加納) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 徳川氏(家康の長女) |
| 大名家 | 徳川家・奥平家 |
| 家紋 | 三つ葉葵 |
| 主武器 | ― |
| 衣装・甲冑 | 小袖・打掛 |
| 武将タイプ | 気丈な姫 |
亀姫(かめひめ)は、徳川家康と正室・築山殿の娘で、家康の長女である。永禄3年(1560年)に生まれ、寛永2年(1625年)に66歳で亡くなった。長篠城を守り抜いた奥平信昌に嫁ぎ、美濃の加納に移ったことから「加納御前」とも呼ばれる。
3行でわかる亀姫
- 家康と築山殿の娘で、松平信康の妹
- 長篠の戦いで長篠城を守り抜いた奥平信昌に嫁いだ
- 晩年、本多正純が失脚した宇都宮釣天井事件にかかわったと伝わる
目次
奥平信昌に嫁ぐ
亀姫は家康と築山殿のあいだに生まれ、兄に松平信康がいる。天正3年(1575年)、武田勝頼の大軍から長篠城を守り抜いた奥平信昌は、その功で亀姫を妻にむかえることになった。翌年、亀姫は信昌に嫁いだ。
天正7年(1579年)には、母の築山殿と兄の信康が、武田家との内通を疑われて命を落としている。
加納御前
関ヶ原の戦いのあと、信昌は美濃の加納城(岐阜市)の城主となり、亀姫も加納に移った。このため「加納御前」と呼ばれる。慶長20年(1615年)に信昌が亡くなると、亀姫は出家して盛徳院と名のった。
宇都宮釣天井事件
元和8年(1622年)、宇都宮城主だった亀姫の孫・奥平忠昌は下総古河に移され、かわりに家康の重臣・本多正純が宇都宮城に入った。これに不満を持った亀姫が、正純に将軍・秀忠暗殺の企てがあると訴えたことが、正純失脚のきっかけになったといわれる。
この出来事は、宇都宮城に将軍を押しつぶす釣天井がしかけられていたという「宇都宮釣天井事件」の物語として広まったが、釣天井の話は後世の創作である。
亀姫をめぐる人物
- 父母:徳川家康/築山殿
- 兄:松平信康
- 夫:奥平信昌
- 孫:奥平忠昌
ゆかりの地
- 加納城跡(岐阜市):夫・奥平信昌とともに暮らした城
- 光国寺(岐阜市):亀姫の墓所
- 長篠城跡(愛知県新城市):夫・信昌が守り抜いた城


徳川家康
築山殿
松平信康
奥平信昌
本多正純







































