もちづき ちよじょ
| 地域 | 甲信越 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 武田家臣・歩き巫女 |
| 大名家 | 武田 |
| 家紋 | 丸に九曜 |
| 主武器 | くノ一短刀・毒薬 |
| 衣装・甲冑 | 巫女装束 |
| 武将タイプ | 「歩き巫女の創始者」・くノ一 |
武田信玄の命を受け、孤児や少女を集めて訓練し全国へ放った諜報組織「歩き巫女(くノ一)」の指導者。
武田氏と歩き巫女
望月千代女は、戦国大名・武田信玄のもとで諜報組織を率いたと伝えられる女性である。信州の名族・望月氏にゆかりを持つとされ、信玄の命を受けて「歩き巫女(あるきみこ)」と呼ばれる女性たちの集団を組織し、これを指導したという。武田氏の情報戦を支えた、伝説的な女性指導者として知られる。
諜報組織の指導者
伝えられるところによれば、望月千代女は、孤児や身寄りのない少女たちを集めて養い、巫女としての作法とともに、諜報や情報収集の技を仕込んだという。巫女は諸国を自由に往来できたため、諜報活動には好都合であった。千代女は、こうした女性たちを各地へ放ち、敵情の探索にあたらせる組織を束ねる立場にあったとされる。
歩き巫女という存在
歩き巫女は、諸国を遍歴して祈祷や託宣を行う巫女であり、その自由な移動と人々との接触を通じて、さまざまな情報に触れることができた。この特性を諜報に活用しようとした発想は、戦国の情報戦がいかに多様な形で展開されたかを物語る。千代女が率いたとされる集団は、いわば女性の諜報員(くノ一)の組織であった。
武田の情報戦
武田信玄は、優れた諜報網を築いていたことで知られる。透波(すっぱ)などと呼ばれる忍びの者たちに加え、望月千代女が率いたとされる歩き巫女の集団もまた、そうした武田の情報戦の一翼を担ったと語られる。合戦の勝敗の陰で、こうした目に見えぬ情報の戦いが繰り広げられていたのである。
史料と伝説のあいだ
もっとも、望月千代女やその率いた組織については、確実な同時代史料に乏しく、後世に語られ膨らんだ伝説的な要素も多いと考えられる。その実像を厳密に確かめることは難しい。それでも、戦国の情報戦や、そこで役割を果たしたとされる女性たちの物語は、この時代の奥行きを伝えるものとして、今日まで人々の関心を集めている。























