ほうじょう つなしげ
| 地域 | 関東(相模・玉縄) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 北条氏(一門) |
| 大名家 | 北条家 |
| 家紋 | 三つ鱗 |
| 主武器 | 槍 |
| 衣装・甲冑 | 具足・黄色の旗 |
| 武将タイプ | 猛将 |
北条綱成(ほうじょう つなしげ)は、小田原の北条家に仕えた一門の武将である。永正12年(1515年)に生まれ、天正15年(1587年)に73歳で亡くなった。黄色い布に「八幡」と書いた「地黄八幡」の旗をかかげて戦い、北条家最強の猛将として知られる。天文15年(1546年)の河越夜戦では、大軍に囲まれた河越城を守り抜いた。
3行でわかる北条綱成
- 今川家の家臣の子とされ、北条氏綱にその器量を見こまれて一門に迎えられた
- 玉縄城主として相模の東の守りを任された
- 河越城を守り抜き、北条家が関東の覇権をにぎる河越夜戦の勝利につなげた
目次
北条家の一門に
綱成は、今川家の家臣・福島正成の子と伝わる。父が戦で亡くなったあと北条家に身を寄せ、北条氏綱にかわいがられて氏綱の娘を妻にむかえ、「北条」の名字と「綱」の字を与えられた。
北条氏康とは義理の兄弟にあたり、氏康の片腕として生涯戦い続けた。相模の玉縄城(神奈川県鎌倉市)の城主となり、北条家の東の守りを担った。
地黄八幡
綱成は、黄色い地に「八幡」の文字を書いた旗を背負って戦った。この旗印から「地黄八幡」と呼ばれ、敵に恐れられた。戦場では「勝った、勝った」と叫びながら突撃したと伝わる。
河越夜戦
天文15年(1546年)、山内上杉家・扇谷上杉家・古河公方の連合軍が、綱成の守る武蔵の河越城(埼玉県川越市)を大軍で囲んだ。綱成はわずかな兵で半年にわたり城を守った。
救援に来た北条氏康の軍が夜襲をかけると、綱成も城から打って出て連合軍を挟み撃ちにし、大勝した(河越夜戦)。この勝利で北条家は関東の覇者への道を開いた。
北条綱成をめぐる人物
- 主君:北条氏綱/北条氏康/北条氏政
- 妻:北条氏綱の娘
- 子:北条氏繁
- 河越夜戦で戦った相手:上杉憲政/上杉朝定/足利晴氏
ゆかりの地
- 玉縄城跡(神奈川県鎌倉市):綱成が城主をつとめた城
- 河越城本丸御殿(埼玉県川越市):綱成が守り抜いた河越城の跡
- 小田原城(神奈川県小田原市):北条家の本拠


北条氏康
北条氏綱
北条氏政
今川義元







































