なべしま ただしげ
| 地域 | 九州 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 鍋島氏 |
| 大名家 | 鍋島氏 |
| 家紋 | ― |
| 主武器 | 太刀 |
| 衣装・甲冑 | 塗具足 |
| 武将タイプ | 勇猛・鹿島藩主 |
鍋島直茂の次男。人質として江戸に下り、徳川秀忠の近習となった。兄勝茂から肥前鹿島2万石を分け与えられ、鹿島藩の初代藩主となった。
目次
直茂の次男、秀忠の近習
鍋島忠茂は、天正12年(1584)11月28日に生まれた。鍋島直茂の次男で、兄に佐賀藩主の鍋島勝茂がいる。初名は茂広、のちに直房と名のった。父とともに朝鮮に渡り、各地を転戦した。
忠茂は佐賀鍋島家の人質として江戸に下り、2代将軍徳川秀忠の近習となった。秀忠から「忠」の字を与えられたとされる。下総矢作(千葉県香取市)に5000石を与えられた。
鹿島藩のはじまり
忠茂は兄勝茂から、肥前藤津郡の鹿島に2万石を分け与えられた。その年は慶長14年(1609)とも慶長15年ともいわれる。これが佐賀藩の支藩・鹿島藩の始まりである。鹿島藩は以後も佐賀藩の支藩として続き、明治4年(1871)の廃藩で佐賀県に入った。
大坂冬の陣(1614)には、病をおして加わったと伝わる。
最期と二つの墓所
寛永元年(1624)8月4日、忠茂は41歳で死去した。亡くなったのは下総矢作と伝わる。
香取市上小川の円通寺には忠茂の墓所がある。これが縁となり、香取市と佐賀県鹿島市は昭和58年(1983)から行き来を始め、平成28年(2016)に友好都市協定を結んだ。鹿島市の泰智寺は元和9年(1623)に忠茂が創建した寺で、忠茂の遺骨が納められているという。
ゆかりの地
- 円通寺(千葉県香取市上小川):忠茂の墓所がある。香取市と鹿島市の友好のきっかけとなった
- 泰智寺(佐賀県鹿島市):元和9年(1623)に忠茂が創建し、遺骨が納められていると伝わる




















