大河ドラマ『豊臣兄弟!』第14回「絶体絶命!」は、2026年4月12日に放送されました。元亀元年(1570年)4月、浅井長政の裏切りで信長がはさみ撃ちの危機に陥った「金ヶ崎の退き口」が描かれます。
第14回のあらすじ
金ヶ崎の陣に、長政が朝倉方についたという知らせ。両はしをしばった「小豆袋」の場面も描かれ、竹中半兵衛は「袋のねずみ」と状況を説明します。小一郎は、届いた白紙の文から市の苦しみを読みとりました。
怒った織田信長は浅井一族を皆殺しにせよと命じますが、兄弟の説得で落ちつきを取り戻し、京へ退くと決めます。藤吉郎は自分の足に刀を突き立てて覚悟を示し、最後尾で敵を食い止める「しんがり」を願い出ました。小一郎は、そのなかでもいちばん危ない役を引き受けます。
別れぎわ、徳川家康は藤吉郎に「秘伝の薬」を渡しますが、中身はただのかゆみ止め。生きて帰るとは思っていなかったのです。
撤退戦では、半兵衛が地形を生かした策を立て、かかしの兵や酒樽を使った仕掛けで朝倉軍の追っ手を食い止めます。やがて長政の軍勢が現れ、兄弟は長政と向き合います。小一郎は「信長さまを逃がした時点で、こちらの勝ちも同然。これ以上戦っても意味がない」と説き、ひそかにしんがりを任されていた明智光秀の鉄砲の助けもあって、危機を切りぬけました。「負けじゃが、勝ちに等しい負けじゃ」と藤吉郎。
京に戻ると、足利義昭は信長の留守のあいだに元号を「元亀」に改めていました。生きて戻った信長の目には、怒りと復讐の色が浮かんでいました。
主な登場人物
史実と比べてみると
- 金ヶ崎の退き口:場所は越前の金ヶ崎城(今の福井県敦賀市)とその一帯。信長は4月28日ごろに退きはじめ、近江の朽木谷を通って30日に京へ戻ったとされます。
- しんがり:通説では秀吉が金ヶ崎に残ってしんがりを務めたとされます。ただ、同じ時代の史料からは池田勝正や光秀らもかかわっていたとされ、秀吉ひとりの手柄とするのは後の軍記の誇張だという指摘もあります。
- 小豆袋:市が小豆袋で危険を知らせたという話は有名ですが、後の時代の創作とされます。
- 元亀への改元:実際には4月23日で、金ヶ崎の撤退より前です。ドラマは信長の留守中の改元として描いています。
- 秀長が長政と向き合った場面や、かゆみ止めの薬、かかしの兵などは創作です。
振り返り
半兵衛の知恵、小一郎のことば、光秀の鉄砲。それぞれの力が合わさって生まれた「勝ちに等しい負け」でした。家康の腹の黒さも、ちらりと顔を出しています。
放送中の回の記事や登場人物の解説は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』特集にまとめています。
























