大河ドラマ『豊臣兄弟!』第32回「賤ヶ岳(しずがたけ)の決闘」は、2026年8月23日に放送されました。天正10年(1582年)12月から天正11年(1583年)4月。羽柴と柴田がぶつかった賤ヶ岳の戦いと、その陰の前田利家の苦しい選択が描かれます。
第32回のあらすじ
秀吉は織田信雄を味方につけ、勝家の領地になっていた長浜を取りもどし、信孝を降して三法師を手に入れます。北庄城の勝家は、雪どけを待って決戦の支度を進めていました。
雪の能登・七尾城では、利家と妻のまつが「戦のない国」を願っています。そこへ思いがけない客が来ます。敵地にひとりで乗りこんできた秀吉でした。秀吉は「織田家では新しい世はつくれない」と、自分が天下人になると明かし、利家に力を貸してほしいと頼みます。一方、北庄城の宴で、利家は勝家に「天下人になってください」と願いますが、勝家は「わしは織田家の忠臣じゃ」と怒って断りました。
春、両軍は賤ヶ岳でにらみ合います。信孝がふたたび兵を挙げたため、秀吉は小一郎に後をまかせて岐阜へ。そのすきに柴田方の佐久間盛政が攻め、大岩山の砦が落ちて中川清秀が討たれます。あせる小一郎に、家臣の桑山重晴は「逃げましょう」とひょうひょうと言いました。
勝家方の利家は、降りだした雪を見てまつのことばを思い出し、兵を動かさなくなります。柴田軍は崩れました。雪のなか、勝家と利家は一騎打ちになります。勝家の刀が利家の首をとらえたとき、利家は「新しき世をつくりたかった」と言いました。勝家は「その願いは別の者と果たせ」と返し、利家を責めずに去っていきます。
主な登場人物
- 小一郎(豊臣秀長)/仲野太賀、藤吉郎(豊臣秀吉)/池松壮亮
- 柴田勝家/山口馬木也
- 前田利家/大東駿介、まつ/菅井友香
- 織田信雄/山脇辰哉、織田信孝/結木滉星
- 佐久間盛政/遠藤雄弥
- 桑山重晴(小一郎の家臣)/住田隆
史実と比べてみると
- 長浜と岐阜:天正10年12月、秀吉は勝家の養子・柴田勝豊が守る長浜城を降し、続いて岐阜の信孝も降しました。信孝は三法師を引き渡し、母と娘を人質に出したとされます。
- 利家と秀吉:天正10年11月、利家は勝家の使いとして秀吉のもとへ和睦の交渉に行っており、このとき秀吉が利家を引き入れたとみる説があります。雪の七尾城に秀吉がひとりで来た場面は創作です。
- 賤ヶ岳の戦い:天正11年3月から両軍は余呉湖のまわりでにらみ合い、4月20日、秀吉が大垣へ向かったすきに盛政が大岩山砦を攻め、中川清秀が討死しました。秀吉は大垣から急いで戻り(美濃大返し)、21日に盛政を破りました。加藤清正・福島正則ら「賤ヶ岳の七本槍」が活躍したとされます。
- 秀長と桑山重晴:秀吉が大垣へ向かったあと、秀長が前線をあずかったとされます。賤ヶ岳砦を守っていた桑山重晴は、時間をかせぎながら砦を退いたとされ、秀吉が間に合った一因とみる見方もあります。
- 利家の撤退:利家が戦いの途中で兵を引いたことが、柴田軍が崩れる一因になったとされます。理由には諸説あります。勝家との一騎打ちは創作です。
- 史実の戦いは旧暦4月で、雪の決戦はドラマの演出です。
振り返り
「天下人になってほしい」と願う利家と、それを断る勝家。どちらも筋をとおそうとした男たちの別れが、雪のなかで描かれました。合戦の流れは賤ヶ岳の戦いの解説もどうぞ。
放送中の回の記事や登場人物の解説は、大河ドラマ『豊臣兄弟!』特集にまとめています。
























