とりい すねえもん
| 地域 | 東海 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 奥平家臣 |
| 大名家 | 奥平 |
| 家紋 | 丸に渡辺星 |
| 主武器 | 大槍 |
| 衣装・甲冑 | 軽捷具足 |
| 武将タイプ | 忠義・壮絶 |
長篠城の足軽。岡崎城への使者として救援要請に成功後、武田軍に捕らえられ「援軍は来る」と城内へ叫んで磔となり戦死した熱血漢。
目次
長篠城の英雄・鳥居強右衛門
鳥居強右衛門(とりい すねえもん)は、三河の奥平氏に仕えた足軽です。長篠の戦いの際、武田軍に包囲された長篠城から抜け出して救援を求め、最後は磔にされて命を落とした——その壮絶な忠義の物語で、後世まで語り継がれる英雄となりました。
長篠城の危機
天正3年(1575年)、武田勝頼の大軍が、奥平信昌の守る長篠城を包囲しました。城内の兵糧は尽きかけ、落城は目前に迫ります。この危機を救うには、包囲を抜けて味方に援軍を求めるほかありませんでした。
決死の使者
鳥居強右衛門は、この危険な役目を志願しました。夜陰に紛れて敵の包囲を突破し、岡崎城の徳川家康・織田信長のもとへと走り、救援要請に成功します。援軍来たるの報を携え、彼は再び長篠城へと引き返しました。
磔と忠義
しかし帰路、鳥居強右衛門は武田軍に捕らえられてしまいます。武田方は「援軍は来ない」と城兵に叫べば助けると迫りますが、強右衛門は逆に「援軍は来る、持ちこたえよ」と味方に叫び、磔にされて壮絶な最期を遂げました。その死は城兵を奮い立たせ、長篠城は持ちこたえます。鳥居強右衛門の生涯は、一命を賭して味方を励ました、忠義の武士の姿を今に伝えています。
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