近畿– category –
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稲葉正成 | 小早川秀秋の重臣(春日局の夫)。関ヶ原での寝返りを平岡とともに決断させ、後に徳川家臣として家を守った
いなば まさなり 地域近畿・東海 所属勢力・属性小早川・徳川系 大名家小早川 家紋丸に三ツツキ 主武器太刀・采配 衣装・甲冑黒塗具足 武将タイプ果断・深謀 小早川秀秋の重臣(春日局の夫)。関ヶ原での寝返りを平岡とともに決断させ、後に徳川家臣として... -
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小寺氏職 | 小寺政職の子。父の没落後、黒田官兵衛(孝高)の手により手厚く庇護され、黒田家の客分として家名を後世に残した
こでら じしょく 地域近畿・九州 所属勢力・属性小寺氏・黒田系 大名家小寺氏 家紋丸に藤の丸 主武器太刀 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ庇護・黒田の義理 小寺政職の子。父の没落後、黒田官兵衛(孝高)の手により手厚く庇護され、黒田家の客分として家名を... -
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武田義統 | 若狭武田家当主(足利義輝の義弟)。妻の兄・義輝の滅亡や家臣団の分裂・内乱に悩まされ家勢を衰退させた
たけだ よしむね 地域近畿・北陸 所属勢力・属性若狭武田氏 大名家若狭武田氏 家紋丸に武田菱 主武器太刀 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ苦難・家中分裂 若狭武田家当主(足利義輝の義弟)。妻の兄・義輝の滅亡や家臣団の分裂・内乱に悩まされ家勢を衰退させ... -
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武田元光 | 後瀬山城を築き細川高国を支えた若狭守護
武田元光は若狭国の守護で、若狭武田氏の5代当主。小浜に後瀬山城を築いて本拠とした。管領細川高国を支えて京都へ出兵したが、1527年の桂川原の戦いで敗れた。度重なる出兵で領国は疲弊し、若狭の支配は不安定になった。 -
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三好実休 | 三好長慶の弟。阿波三好家を率い、和歌や茶の湯に秀でた文化人でありながら、久米田の戦いにて討死
みよし じっきゅう 地域近畿・四国 所属勢力・属性三好氏 大名家三好氏 家紋三つ階子 主武器太刀・茶器 衣装・甲冑洗練具足 武将タイプ文武両道・薄命 三好長慶の弟。阿波三好家を率い、和歌や茶の湯に秀でた文化人でありながら、久米田の戦いにて討死。 ... -
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武田元明 | 若狭武田氏最後の当主。織田信長に若狭を奪われ、本能寺の変において明智光秀に味方して長浜城を攻撃したため秀吉に処刑された
たけだ もとあき 地域近畿・北陸 所属勢力・属性若狭武田氏 大名家若狭武田氏 家紋丸に武田菱 主武器太刀 衣装・甲冑華美具足 武将タイプ悲壮・滅亡 若狭武田氏最後の当主。織田信長に若狭を奪われ、本能寺の変において明智光秀に味方して長浜城を攻撃した... -
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十河一存 | 三好長慶の弟。鬼十河と恐れられた三好家随一の猛将。讃岐十河家を継ぎ東四国を平定するも急死
そごう かずまさ 地域近畿・四国 所属勢力・属性三好氏・十河氏 大名家三好氏 家紋丸に三つ引 主武器大太刀 衣装・甲冑漆黒重厚具足 武将タイプ「鬼十河」・豪傑 三好長慶の弟。「鬼十河」と恐れられた三好家随一の猛将。讃岐十河家を継ぎ東四国を平定する... -
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安宅冬康 | 淡路安宅氏を継いだ三好長慶の弟。歌人としても知られる
安宅冬康は三好長慶の弟である。淡路の水軍を率いる安宅氏を継ぎ、淡路を拠点に三好政権を支えた。和歌や連歌に優れ、『安宅冬康句集』が残る。永禄7年、長慶の居城の河内飯盛城で兄長慶に殺害された。 -
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篠原長房 | 三好実休・長治に仕えた阿波三好家の名宰相。三好家の畿内進出を政治・軍事で支えたが、主君の疑いを受け滅ぼされた
しのはら ながふさ 地域四国・近畿 所属勢力・属性三好家臣 大名家三好 家紋丸に抱き茗荷 主武器太刀・行政書状 衣装・甲冑高級具足 武将タイプ大参謀・悲壮 三好実休・長治に仕えた阿波三好家の名宰相。三好家の畿内進出を政治・軍事で支えたが、主君の疑... -
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鈴木重朝 | 鈴木重秀の子(または一族)。関ヶ原の戦い(伏見城攻撃)で鳥居元忠を討ち取る武功を挙げ、後に水戸徳川家に仕える
すずき しげとも 地域近畿・関東 所属勢力・属性雑賀衆・徳川系 大名家雑賀衆 家紋丸に三ツ足烏 主武器鉄砲・太刀 衣装・甲冑黒塗具足 武将タイプ名射手・仕官 鈴木重秀の子(または一族)。関ヶ原の戦い(伏見城攻撃)で鳥居元忠を討ち取る武功を挙げ、後... -
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細川忠興 | 細川幽斎の長男。千利休の七哲の一人でありながら、関ヶ原の戦い等で圧倒的武勇を見せた猛将
ほそかわ ただおき 地域近畿・九州 所属勢力・属性細川氏 大名家細川氏 家紋九曜 主武器太刀(歌仙兼定)・大槍 衣装・甲冑黒漆胴丸 武将タイプ文武両道・苛烈 細川忠興とは 細川忠興は、室町幕府の名門である細川氏の血を引き、織田・豊臣・徳川の三代に... -
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有吉立行 | 細川家の家老。関ヶ原の年に豊後杵築城を守り大友勢を退ける
有吉立行(1559〜1608)は細川藤孝・忠興父子に仕えた武士。慶長5年(1600)には豊後杵築(木付)城を守り、大友義統の軍を退けた。忠興の豊前入封後は家老となり、長岡の姓を許された。子孫は細川家の家老を代々務めた。 -
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米田求政 | 細川家の重臣で兵法・医術に長けた人物。丹後田辺城の籠城戦において細川幽斎を支えて奮戦
こめだ もとまさ 地域近畿・九州 所属勢力・属性細川家臣 大名家細川 家紋丸に違い鷹の羽 主武器太刀・医術書 衣装・甲冑重臣具足 武将タイプ文武両道・老練 細川家の重臣で兵法・医術に長けた人物。丹後田辺城の籠城戦において細川幽斎を支えて奮戦。 細... -
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母里小兵衛 | 黒田職隆と同陣し、土器山の戦いで戦死した播磨の武士
母里小兵衛は播磨の武士で、黒田官兵衛の父・職隆と行動をともにした母里一族の人物である。『黒田家譜』によれば、永禄12年(1569年)の土器山の戦いで、子の武兵衛ら一族24人とともに戦死した。母里太兵衛(友信)の実父ではない。 -
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後藤又兵衛 | 黒田二十四騎の筆頭格として活躍後流浪。大坂の陣にて豊臣方として真田幸村と並び勇名を馳す
ごとう またべえ 地域近畿・九州 所属勢力・属性黒田・豊臣系 大名家黒田 家紋丸に三つ星 主武器大槍 衣装・甲冑黒漆塗具足 武将タイプ「後藤又兵衛」・槍の極致 後藤又兵衛とは 戦国乱世の終幕を飾った数多の武将のなかでも、いったん仕えた主家を離れ、... -
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栗山備後 | 栗山利安(善助)の一族。黒田軍の実戦部隊を率い、播磨平定戦や九州の合戦で前線を死守
くりやま びんご 地域近畿・九州 所属勢力・属性黒田家臣 大名家黒田 家紋藤巴 主武器太刀 衣装・甲冑実戦具足 武将タイプ堅実・忠義 栗山利安(善助)の一族。黒田軍の実戦部隊を率い、播磨平定戦や九州の合戦で前線を死守。 黒田官兵衛の筆頭家老・栗山... -
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杉谷善住坊 | 甲賀53家・杉谷氏の出身。狙撃の達人で、千草峠にて織田信長を二重からくり火縄銃で狙撃(数センチ外れる)。のち捕らえられ鋸挽きの刑
すぎたに ぜんじゅうぼう 地域東海・近畿 所属勢力・属性甲賀衆・フリー 大名家甲賀衆 家紋丸に三ツ星 主武器火縄銃(二重からくり) 衣装・甲冑修験者衣裳 武将タイプ「信長を撃った男」・名射手 甲賀53家・杉谷氏の出身。狙撃の達人で、千草峠にて織田信... -
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戸田氏鉄 | 膳所・尼崎を経て大垣10万石、大垣戸田家の初代
戸田一西の長男で、江戸時代前期の大名。近江膳所、摂津尼崎を経て、寛永12年(1635)に美濃大垣10万石へ移った。島原の乱では松平信綱とともに出陣した。大垣では新田開発や治水、俸禄制への移行を進め、藩体制の基礎を築いた。 -
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名古屋山三郎 | 蒲生氏郷や森忠政に仕えた戦国屈指の美男子。阿国の夫とも伝えられ、歌舞伎踊りの流行を創出した風流人
なごや さんざぶろう 地域東海・近畿 所属勢力・属性蒲生・森系 大名家蒲生 家紋丸に三ツ柏 主武器太刀・脇差 衣装・甲冑華美伊達衣装 武将タイプ「天下の伊達男」・美男子 蒲生氏郷や森忠政に仕えた戦国屈指の美男子。阿国の夫とも伝えられ、歌舞伎踊りの... -
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明石全登 | 宇喜多秀家の筆頭家老(明石掃部)。関ヶ原・大坂の陣において熱狂的なキリシタン武士集団を率いて鬼神の如く奮戦
あかし たけのり 地域中国・近畿 所属勢力・属性宇喜多・豊臣系 大名家宇喜多 家紋十字架 主武器太刀・十字架 衣装・甲冑漆黒具足 武将タイプキリシタン・名将 明石全登とは 明石全登(あかしたけのり、あるいはてるずみとも読まれる)は、備前を治めた大... -
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藤林長門守 | 服部氏・百地氏と並び『伊賀の三大上忍』と呼ばれる藤林氏の当主
服部氏・百地氏と並び『伊賀の三大上忍』と呼ばれる藤林氏の当主。生涯を示す確かな史料は乏しい。子孫とされる藤林保武が、延宝4年(1676)成立と伝わる忍術書『萬川集海』を著した。 -
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百地三太夫 | 江戸時代の読み本で石川五右衛門の忍術の師として登場し、立川文庫で伊賀流忍術の祖とされた伝承上の忍者
江戸時代の読み本で石川五右衛門の忍術の師として登場し、立川文庫で伊賀流忍術の祖とされた伝承上の忍者。実在のモデルとして、天正伊賀の乱で敗れた伊賀の土豪・百地丹波守が挙げられる。 -
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出雲阿国 | 出雲大社の巫女。京都でややこ踊りや男装のかぶき踊りを披露し、のちの歌舞伎の源流を創り出した伝説の女性
いずもの おくに 地域中国・近畿 所属勢力・属性フリー(歌舞伎) 大名家フリー(歌舞伎) 家紋丸に三ツ星 主武器舞扇・木刀 衣装・甲冑歌舞伎装束 武将タイプ「歌舞伎の祖」・芸能 出雲大社の巫女。京都で「ややこ踊り」や男装の「かぶき踊り」を披露し、... -
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脇坂安信 | 脇坂安治の三男
脇坂安治の三男。父とともに徳川家康に仕え、美濃国内で1万石の大名となった。寛永9年(1632)、備中松山藩池田家の刃傷事件に巻き込まれて所領を没収された。 -
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和田惟長 | 和田惟政の子
和田惟政の子。父の死後に高槻城主となったが、元亀4年(1573年)に家臣の高山友照・右近父子に城を追われた。最期は伏見で死去したとする記録と、生き延びたとする系図の二説がある。 -
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溝尾茂朝 | 光秀の最期を看取ったとされる古参の重臣
明智光秀の古参家臣で、通称は庄兵衛。越前・丹波の統治に関わった三沢秀次と同一人物とする説がある。山崎の戦いの後、小栗栖で深手を負った光秀を介錯して首を隠し、その後近江の坂本城で自害したと軍記物などは伝える。 -
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藤田行政 | 筒井順慶の説得にあたった明智光秀の重臣・藤田伝五
藤田行政は明智光秀の重臣で、通称は伝五。『多聞院日記』など同時代の史料に名が見える。本能寺の変の後は大和の筒井順慶を味方に引き入れる交渉にあたり、山崎の戦いで深手を負い戦場から退いた後に自害したと伝わる。
