なおえ かげつな
| 地域 | 甲信越(越後・与板) |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 長尾氏・上杉氏(重臣・奉行) |
| 大名家 | 直江家 |
| 家紋 | 不詳 |
| 主武器 | ―(采配) |
| 衣装・甲冑 | 具足・肩衣 |
| 武将タイプ | 謙信の宰相 |
直江景綱(なおえ かげつな)は、上杉謙信を支えた重臣で、越後の与板城主である。永正6年(1509年)に生まれ、天正5年(1577年)に69歳で亡くなった。謙信の父・長尾為景の代から仕え、謙信の時代には奉行として政治の中心を担った。景綱の娘・お船の夫として直江家を継いだのが、のちの直江兼続である。
3行でわかる直江景綱
- 長尾為景・晴景・上杉謙信の三代に仕えた重臣
- 奉行として上杉家の政治や外交を取りしきった
- 娘のお船の夫として、のちに直江兼続が直江家を継いだ
目次
謙信の重臣
景綱は越後の与板城(新潟県長岡市)を本拠とした直江家の当主で、長尾家に三代にわたって仕えた。謙信の時代には奉行として内政・外交を取りしきり、謙信が最も信頼した重臣のひとりとされる。
直江家の跡継ぎ
景綱には男子がいなかったため、娘のお船に婿をむかえて家を継がせた。最初の婿・直江信綱は天正9年(1581年)に春日山城内の争いで殺され、そのあと上杉景勝の側近・樋口兼続がお船の夫となって直江家を継いだ。これが直江兼続である。
直江景綱をめぐる人物
- 主君:長尾為景/上杉謙信
- 娘:お船の方
- 家を継いだ人物:直江信綱 → 直江兼続
ゆかりの地
- 与板城跡(新潟県長岡市与板町):直江家の本拠
- 春日山城跡(新潟県上越市):謙信の居城


上杉謙信
直江兼続
長尾為景
上杉景勝







































