徳川家– tax –
三河の国衆・松平氏から出た家。家康の祖父清康は三河をほぼ手中にしながら守山崩れで横死し、父広忠の代には今川氏の庇護を受ける立場に落ちた。家康自身も少年期を織田・今川の人質として過ごしている。
1560年の桶狭間の戦いをきっかけに岡崎城で自立し、織田信長と同盟(清洲同盟)を結んで三河を統一、1566年に徳川へ改姓した。三方ヶ原の戦いでは武田信玄に大敗したが、長篠の戦いで雪辱を果たし、本能寺の変の後には甲斐・信濃を手に入れて五か国の大名となる。小牧・長久手の戦いで豊臣秀吉と互角に渡り合ったのち臣従し、1590年に関東へ移った。
秀吉の死後、関ヶ原の戦いに勝って1603年に江戸幕府を開き、大坂の陣で豊臣家を滅ぼして260年余り続く体制を築いた。家臣団の核は酒井・本多・榊原・井伊の「徳川四天王」に代表される三河以来の譜代で、そこに旧武田家臣や今川旧臣が加わって厚みを増していった。
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関東
阿部正次 | 岩槻藩阿部家の初代、21年務めた大坂城代
阿部正次(1569〜1647)は阿部正勝の長男で、徳川家康に仕えた武将・大名。大坂の陣で功を立て、上総大多喜、相模小田原を経て武蔵岩槻藩主となった。のち大坂城代を21年務め、在職のまま没したとみられる。 -
関東
松平康重 | 松平康親の長男、和泉岸和田藩の初代藩主
まつだいら やすしげ 地域三河国(愛知県)、丹波国(兵庫県)、和泉国(大阪府) 所属勢力・属性徳川家臣(譜代) 大名家松井松平家(和泉岸和田藩) 家紋― 主武器刀 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ城を任された譜代大名 松平康重は、徳川家康に仕えた松... -
関東
戸田一西 | 家康の譜代家臣。近江膳所城の初代城主
戸田一西(とだ かずあき)は徳川家康に仕えた三河出身の武将である。家康の関東入国で武蔵国鯨井に5,000石を得て、関ヶ原の戦いの後は近江で3万石を与えられ、膳所城の初代城主となった。子の氏鉄は美濃大垣藩主となっている。 -
近畿
戸田氏鉄 | 膳所・尼崎を経て大垣10万石、大垣戸田家の初代
戸田一西の長男で、江戸時代前期の大名。近江膳所、摂津尼崎を経て、寛永12年(1635)に美濃大垣10万石へ移った。島原の乱では松平信綱とともに出陣した。大垣では新田開発や治水、俸禄制への移行を進め、藩体制の基礎を築いた。 -
近畿
板倉重宗 | 板倉勝重の長男、35年務めた名京都所司代
いたくら しげむね 地域近畿(京都) 所属勢力・属性徳川家(江戸幕府)譜代 大名家板倉家 家紋― 主武器― 衣装・甲冑― 武将タイプ能吏・名奉行 板倉重宗は、名所司代として知られる板倉勝重の長男である。父の跡を受けて京都所司代となり、元和5年(1619)... -
東海
菅沼定盈 | 野田城主。武田信玄の大軍による野田城攻防戦において極限の籠城戦を展開し、信玄を狙撃した伝説に関わる
すがぬま さだみつ 地域東海 所属勢力・属性野田菅沼氏 大名家野田菅沼氏 家紋丸に三ツ割り丸た 主武器太刀・大槍 衣装・甲冑実戦具足 武将タイプ不屈・三河武士 野田城主。武田信玄の大軍による野田城攻防戦において極限の籠城戦を展開し、信玄を狙撃した... -
東海
妻木頼忠 | 美濃妻木城主。関ヶ原の戦いにおいて東軍に属し、東美濃の西軍勢力(岩村城など)を攻略して所領を保全した
つまき よりただ 地域東海 所属勢力・属性美濃妻木氏・徳川系 大名家美濃妻木氏 家紋丸に三ツ柏 主武器太刀・奉行状 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ東美濃の雄・関ヶ原東軍 美濃妻木城主。関ヶ原の戦いにおいて東軍に属し、東美濃の西軍勢力(岩村城など)を... -
東海
松平信康 | 徳川家康の長男(岡崎三郎)。圧倒的武勇を誇ったが、織田信長からの疑いを受け、父家康の命により二俣城にて切腹
まつだいら のぶやす 地域東海 所属勢力・属性徳川氏 大名家徳川氏 家紋徳川葵 主武器太刀・大槍 衣装・甲冑豪華具足 武将タイプ勇猛・悲壮 徳川家康の長男(岡崎三郎)。圧倒的武勇を誇ったが、織田信長からの疑いを受け、父家康の命により二俣城にて切腹... -
東海
渡辺守綱 | 徳川家康の家臣「槍半蔵」、尾張藩の付家老
わたなべ もりつな 地域三河国(愛知県) 所属勢力・属性徳川家臣・尾張藩付家老 大名家徳川家 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑南蛮胴具足(家康から拝領) 武将タイプ猛将・槍の名手 渡辺守綱は、徳川家康に仕えた武将である。槍の名手として知られ、「槍半蔵... -
東海
松平忠吉 | 徳川家康の四男、尾張清洲52万石の城主
まつだいら ただよし 地域三河・武蔵・尾張 所属勢力・属性徳川家(東条松平家) 大名家徳川家 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ猛将 松平忠吉は、徳川家康の四男である。母は西郷局で、2代将軍・徳川秀忠と同じ母から生まれた。関ヶ原の戦い... -
東海
水野忠重 | 家康の叔父。刈谷城主で水野勝成の父
水野忠重は三河刈谷の水野忠政の九男で、徳川家康の母・於大の方の弟にあたる。天正8年(1580年)に織田信長から刈谷城を与えられ、のち豊臣秀吉を経て家康に従った。関ヶ原の戦いの直前、慶長5年(1600年)に口論の末に刺殺された。 -
東海
本多忠高 | 本多忠勝の父。安祥城の戦いにおいて織田軍相手に最前線で勇戦し、若くして討死した猛者
ほんだ ただたか 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋丸に立ち葵 主武器太刀 衣装・甲冑実戦具足 武将タイプ勇猛・悲壮 本多忠勝の父。安祥城の戦いにおいて織田軍相手に最前線で勇戦し、若くして討死した猛者。 本多忠勝の父 忠高は、三河の... -
東海
本多忠真 | 本多忠勝の叔父。三方ヶ原の戦いで酒柄杓を手に徳川軍の殿を務め、ここから先は一歩も通さぬと武田軍へ突き入って討死
ほんだ ただざね 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋丸に立ち葵 主武器大槍・酒柄杓 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ豪快・身身代わり 本多忠勝の叔父。三方ヶ原の戦いで酒柄杓を手に徳川軍の殿を務め、「ここから先は一歩も通さぬ」と武田軍へ... -
東海
本多忠勝 | 徳川四天王の一人。57回の合戦で一度もかすり傷を負わなかったと伝わる絶対的猛将
ほんだ ただかつ 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋丸に立ち葵 主武器蜻蛉切(大槍)・鹿角脇立兜 衣装・甲冑黒漆塗具足 武将タイプ「家康に過ぎたるもの」・無傷 本多忠勝とは 本多忠勝は、徳川家康に仕えた武将のなかでも屈指の武名を誇... -
東海
平岩親吉 | 信康の傅役から犬山城主へ。家康と同い年の古参家臣
平岩親吉(1542〜1611)は三河出身の徳川家臣である。家康と同じ年に生まれ、幼い頃から近くで仕えた。家康の長男・信康の傅役を務め、のち上野厩橋城主、甲府城代を経て尾張犬山城主となり、徳川義直を補佐した。 -
東海
成瀬正成 | 家康の側近から尾張徳川家の付家老・犬山城主へ
成瀬正成は徳川家康の側近で、小牧・長久手の戦い以来の合戦に従った。駿府で政務に関わった後、家康の九男・徳川義直の付家老となり、元和3年(1617年)に犬山城を預かった。以後、成瀬家は代々犬山城主を務めた。 -
東海
成瀬正一 | 武田仕官を経て甲斐奉行を務めた徳川家臣
三河出身の徳川家臣で、成瀬正成の父。通称は吉右衛門。一時は武田信玄に仕え、のち徳川家康のもとへ戻って高天神城の奪還などで働いた。武田氏の滅亡後は日下部定好とともに甲斐の奉行を務め、近江浅井郡の代官も務めた。 -
東海
夏目吉信 | 三方ヶ原の戦いにおいて、敗走する徳川家康を守るため家康の身代わり(身代わりの甲冑)となって武田軍に突撃し討死
なつめ よしのぶ 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋丸に違い鷹の羽 主武器太刀 衣装・甲冑実戦具足 武将タイプ身代わり・忠義 三方ヶ原の戦いにおいて、敗走する徳川家康を守るため家康の身代わり(身代わりの甲冑)となって武田軍に突撃し... -
東海
築山殿 | 徳川家康の正室(今川義元の姪)。織田信長への内通・対立構造の中で信長の命により小藪村にて殺害された悲劇の女性
つきやまどの 地域東海 所属勢力・属性徳川・今川系 大名家徳川 家紋徳川葵 主武器短刀 衣装・甲冑高級着物 武将タイプ悲劇・気品 徳川家康の正室(今川義元の姪)。織田信長への内通・対立構造の中で信長の命により小藪村にて殺害された悲劇の女性。 今川... -
東海
竹腰正信 | 徳川義直の異父兄。尾張藩付家老で今尾3万石
竹腰正信(たけのこし まさのぶ)は尾張藩の付家老である。母のお亀の方が徳川家康の側室となって義直を産んだため、正信は尾張藩初代藩主・徳川義直の異父兄にあたる。名古屋城の普請に関わり、のち美濃今尾3万石を領した。 -
東海
榊原康政 | 徳川四天王の一人。小牧・長久手の戦いにおいて秀吉を痛烈に批判する檄文を書き、軍事的にも秀吉軍を牽制
さかきばら やすまさ 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋源氏車 主武器太刀・陣太刀 衣装・甲冑黒塗具足 武将タイプ文武両道・果断 榊原康政とは—徳川四天王の一角を担った猛将 榊原康政(さかきばら やすまさ)は戦国時代から江戸時代初期... -
東海
酒井忠次 | 徳川四天王の筆頭格。長篠の戦いでの鳶ヶ巣山砦への奇襲を成功させ、武田軍壊滅の決定打を作った
さかい ただつぐ 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋丸にカタバミ 主武器太刀・采配 衣装・甲冑重臣具足 武将タイプ徳川四天王筆頭・老練 徳川四天王の筆頭格として 酒井忠次(さかい ただつぐ)は、徳川家康に最古参の重臣として仕え、本多... -
東海
大久保忠勝 | 三河以来の徳川譜代・大久保忠俊の子
三河以来の徳川譜代・大久保忠俊の子。山中城攻め・桶狭間・三河一向一揆などで戦功を立てた。墓は小田原の大久寺。 -
東海
大久保忠員 | 大久保一族の長老。徳川家康の祖父・清康の代から仕え、三河武士の粘り強さを体現した頑固者
おおくぼ ただかず 地域東海 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川 家紋上り藤 主武器大槍 衣装・甲冑武骨具足 武将タイプ豪毅・古参 大久保一族の長老。徳川家康の祖父・清康の代から仕え、三河武士の粘り強さを体現した頑固者。 大久保家の長老 忠員は、三... -
東海
植村家存 | 三河時代の徳川家康の家老、高取藩植村家の祖
うえむら いえさだ 地域三河国(愛知県) 所属勢力・属性徳川家臣・家老 大名家徳川家 家紋― 主武器― 衣装・甲冑戦国期の具足 武将タイプ重臣・家老 植村家存は、三河時代の徳川家康に仕えた家老である。酒井忠次・石川家成らとともに若い家康を支えたが、... -
東海
石川康通 | 石川家成の長男、美濃大垣藩の初代藩主
いしかわ やすみち 地域三河・美濃 所属勢力・属性徳川家臣 大名家徳川家 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ譜代の重臣 石川康通は、徳川家康の重臣石川家成の長男である。遠江の掛川城主、上総の鳴渡2万石をへて、関ヶ原の戦いの功で美濃大垣... -
東海
石川家成 | 家康の従兄。西三河の旗頭、のち掛川城主
石川家成は徳川家康の重臣で、母は家康の母於大の方の姉とされる。西三河の旗頭として諸将を率い、永禄12年(1569)からは遠江掛川城を守った。旗頭は甥の石川数正に譲った。関東移封後は伊豆で隠居料を得て、晩年は美濃大垣藩主も務めた。
